第 6 章 ― ただ生きるのではなく、よく生きる
6-4
小さな選択の積み重ねが、人生を作る
問いを持ち続けることが、人生を豊かにすると書いた。
問いを持つと、自然と、選択が立ち上がってくる。
「この問いについて、自分はどうしたいか」「この問いから、何を選び取るか」 ― こうした選択が、問いの先には、必ずある。
この節では、その選択について、考えていきたい。
人生は、選択の連続である
私たちの人生は、選択の連続でできている。
朝起きてから、夜眠るまで、人は無数の選択をしている。
何を食べるか。誰と話すか。何に時間を使うか。どの仕事を引き受けるか。どの誘いを断るか。どんな気分で、目の前の人に向き合うか。
大きな選択も、小さな選択も、毎日、絶えず起きている。
数えてみると、一日の中だけでも、人は何百回、何千回と、選択をしている。
これらの選択が、その一日を形作り、一日の積み重ねが、人生を形作っていく。
ほとんどの選択は、無意識に行われている
ところが、ここに、ひとつ大事な事実がある。
ほとんどの選択は、無意識に行われている。
人は、選択しているつもりがなくても、選択している。
朝、目を覚ました瞬間に、スマホを開くか、開かないか。
通勤の途中で、何に目を向けるか。
同僚にどんなことばをかけるか。
仕事の合間に、何を考えるか。
家に帰ってから、何に時間を使うか。
これらは、すべて選択である。
だが、ほとんどは、ほぼ自動的に処理されている。「選んでいる」という感覚すらないままに、過去のパターンや、目の前の刺激に従って、自動的に選択が行われていく。
無意識の選択が、無意識のうちに、自分の一日と、人生を作っていく。
この「無意識の選択」を、意識的な選択に変えていく
ここに、思想ページ全体の到達点がある。
第3章から第5章で扱ってきた、すべての技術 ― それらは、結局のところ、この「無意識の選択」を、意識的な選択に変えていくためのものだった。
意識のスポットライト(3-5)を、自分で動かせるようになる。
ことばで、意識を方向づける(4-3)。
メンタルモデルに気づき、書き換える(4-8)。
感情を観察し、味方にする(4-11)。
これらの技術は、それぞれ独立した話に見えるが、最後には、ひとつのことへと収斂してくる。
毎日の選択を、自分の手で、選び取れるようになること。
意識的に選ぶ選択を、ひとつでも、ふたつでも、増やしていくこと。
これが、ここまでの技術が、向かってきた到達点である。
大きな変化は、小さな選択の積み重ねからしか生まれない
ここで、もうひとつ、大事なメッセージを書いておきたい。
「人生を変えたい」と思う人は、しばしば、大きな決断を求める。
転職する。引っ越す。結婚する。独立する。
これらは、確かに大きな選択である。人生のある時点で、大きく舵を切ることもあるだろう。
だが、本当に人生を変えていくのは、こうした大きな決断ではない。
毎日の、小さな選択の積み重ねが、人生を変えていく。
大きな決断は、小さな選択の積み重ねの上に、初めて現実化する。
「転職する」と決めた人が、本当に転職を実現できるかどうかは、それまでの毎日の中で、どんな小さな選択を積み重ねてきたかにかかっている。スキルを磨く選択、人脈を作る選択、自分の意思に耳を傾ける選択 ― これらの小さな積み重ねがあって、はじめて「転職」という大きな決断は、現実のものになる。
小さな選択の積み重ねがなければ、大きな決断は、ただの空想で終わる。
たとえば、健康な体を手に入れる
具体的な例で、考えてみたい。
健康な体を手に入れたい、と思う人は多い。
大きな決断は、「これから健康になる」と決めること。
だが、それを決めただけでは、何も変わらない。
本当に健康にしていくのは、毎日の小さな選択である。
今日、何を食べるか。
今日、どれくらい歩くか。
今日、何時に眠るか。
今日、ストレスをどう扱うか。
これらの小さな選択が、半年、一年と積み重なって、健康な体が、ゆっくりと立ち上がってくる。
「これから健康になる」という決断は、一瞬で終わる。
だが、健康な体は、毎日の選択の積み重ねの中にしか、現れない。
たとえば、人として深まる
もうひとつの例。
「もっと成熟した人になりたい」と思うとする。
これも、大きな決断としては、すぐにできる。
だが、それだけでは、人として深まることはない。
人として深めていくのは、毎日の小さな選択である。
今日、誰かのことばに、丁寧に耳を傾けたか。
今日、自分の感情を、ちゃんと観察したか。
今日、立ち止まって、何を学んだか。
今日、当たり前のことに、感謝を見出せたか。
これらの小さな選択が、何年も積み重なって、ゆっくりと、深い人になっていく。
深い人は、ある日、突然できあがるものではない。
毎日、深まろうとする選択を、丁寧に積み重ねてきた結果として、立ち上がってくる。
たとえば、自分の人生を主体的に生きる
そして、もうひとつの例。
これは、5-1で扱った、WellGrowの中心思想とつながる話である。
「主体的に意思をもって、創造的に生きる」と決める。
これは、大きな決断としては、ひとことで済む。
だが、その実現は、毎日の選択にしかない。
今日、自分の意思に、ちゃんと耳を傾けたか。
今日、目の前の感情に流されず、自分の意思を思い出したか。
今日、一歩、自分の意思の方向に、行動を踏み出したか。
今日、流されそうな選択を、自分の手で選び直したか。
これらの小さな選択が、毎日繰り返されることで、人生は、ゆっくりと、主体的なものに変わっていく。
「主体的に生きる」は、決意ではない。
毎日の小さな選択の、積み重ねである。
小さな選択は、軽く見られがちである
ここで、ひとつ、注意しておきたいことがある。
小さな選択は、軽く見られがちである。
「今日、何を食べるか」 ― これは、人生にとって小さなこと、と感じる人が多い。
「今日、どんなことばで人と話すか」 ― これも、些細なこと、と感じる人が多い。
だが、その小さな選択を、365日、10年、20年と積み重ねたら、それは大きなものになる。
人生は、結局のところ、こうした小さな選択の総和でできている。
立派な選択も、些細な選択も、それぞれが、自分の人生の一部を作っている。
そして、長い時間軸で見たとき、本当に人生を作っているのは、立派なほうではなく、些細なほうである。
なぜなら、立派な選択は、何回もしないが、些細な選択は、毎日繰り返されるからである。
毎日繰り返されるものが、人生を作る。
大事なのは、選択を「自分の手で選ぶ」という意識
ここで、もうひとつ、大事な視点を書いておきたい。
何を選ぶか、ではない。
大事なのは、その選択を、自分の意識のもとで行うこと、である。
何を選ぶかは、状況によって変わる。健康のために走る日もあれば、休む日もある。誘いを受ける日もあれば、断る日もある。
大事なのは、その選択の中身ではない。
流されるのではなく、自分で選んでいる、という感覚を持って、選ぶこと。
これが、人生を「自分のもの」にする、もっとも基本的な営みである。
同じ「休む」という選択でも、流されて休むのと、自分で選んで休むのとでは、まったく違う。
同じ「走る」という選択でも、強制的に走るのと、自分で選んで走るのとでは、自分の中に残るものが違う。
選択の内容よりも、「自分の手で選んだ」という感覚が、人生の質を作っていく。
完璧な選択ばかりは、いらない
ここで、ひとつ、安心してほしいことを書いておきたい。
完璧な選択ばかりは、いらない。
毎日、毎瞬、すべての選択を、完璧にしようとすると、疲れてしまう。
大事なのは、完璧さではない。
「自分の手で選ぼうとする姿勢」を、持ち続けることである。
流された選択もあっていい。無意識のうちに、自動的に処理された選択も、当然ある。
それは、人間として、当たり前のこと。
だが、その中で、ひとつでも、ふたつでも、意識的な選択を増やしていく。
朝起きてすぐ、スマホを開かない選択を、ひとつする。
人と話すときに、丁寧に聞こうとする選択を、ひとつする。
寝る前に、今日を振り返る選択を、ひとつする。
その小さな積み重ねが、人生を、確実に変えていく。
完璧を目指すと、続かない。
少しずつ、確実に増やしていくと、続く。
小さな選択の積み重ねが、人生を作る
最後に、もう一度、書いておきたい。
一日の選択は、小さく見える。
だが、その小さな選択が、365日、何十年と積み重なって、人生になっていく。
だから、目の前の小さな選択を、大事にする。
完璧でなくていい。流された選択があってもいい。
ただ、一歩でも、自分の意思のほうへ、選び直してみる。
その繰り返しが、自分の人生を、自分の手で作っていく。
次の節へ
次の節(6-5)では、こうして毎日の選択を、自分の手で選ぶための、ひとつの土台を扱いたい。
いまここに、意識が戻ってきていること。
過去や未来に取られた意識を、いまに戻すことが、すべての選択の出発点になる。
その話に、進んでいきたい。