第 5 章 ― 主体的に意思をもって、創造的に生きる
5-1
意思を大事にする ― WellGrowの中心思想
第4章まで、長い旅をしてきた。
意識の構造を知り(第3章)、意識を扱う技術を見てきた(第4章)。
ことばで、意識をコントロールする。メンタルモデルに気づき、書き換える。感情を、味方にする。
これらは、すべて、「自分を扱う」ための技術である。
そして、ここで、ひとつの問いが立ち上がってくる。
これらの技術を、いったい何のために使うのか。
技術は、目的を持って初めて、意味を持つ。ことばを上手に使うことそのものが目的ではない。メンタルモデルを書き換えることそのものが目的ではない。感情を観察することそのものが目的ではない。
これらの技術の奥には、もっと大きな目的がある。そして、その目的こそが、WellGrowという思想の、中心にあるものである。
ここで、その中心に踏み込みたい。
WellGrowの中心思想
WellGrowが、中心に据えている思想は、ひとつのシンプルなことばに集約できる。
人間は、主体的に意思をもって、創造的に生きることに、最も深い価値がある。
これが、この思想ページの中心にある思想である。
プロローグで宣言した立場を、章をいくつも越えて、ここでもう一度立て直したい。
ここまで書いてきた思想と技術のすべては、このことばのためのものだった。意識の構造を知るのも、ことばを扱うのも、メンタルモデルに気づくのも、感情を味方にするのも ― すべては、自分の意思を主体的に持ち、それをもって創造的に生きるための、道具立てだった。
第5章は、この中心思想を、もっとも正面から扱う章になる。
なぜ、意思なのか
意思とは、何だろうか。
意思とは、自分が「こうしたい」「こう在りたい」と思う、能動的な力のことである。そして、これは、人間が持つもっとも人間らしい力でもある。
意思を持つから、人間は、受動的な存在ではなくなる。起きたことに反応するだけの存在から、自分の人生を自分で方向づける存在へと、変わっていく。
意思を持つから、人間は、新しいものを生み出すことができる。ただ世界の中にあるものを受け取るのではなく、まだ存在しないものを構想し、現実に持ち出すことができる。
意思を持つから、人間は、自分の人生に、自分なりの意味を作っていける。誰かが用意した正解に従うのではなく、自分の人生を、自分の手で作っていける。
第2章で見たように(2-3)、意味は与えられず、自分で作るしかない時代に、私たちは生きている。その時代において、自分で意味を作る力の中核にあるのが、意思である。
だから、意思なのである。
意思は、生まれつきの強さの問題ではない
ここで、ひとつ、はっきり書いておきたいことがある。
「意思を大事にする」と聞くと、こう感じる人がいるかもしれない。「意思の強い人と、弱い人がいる。自分は弱いほうだから、難しい」と。
WellGrowは、この見方を、取らない。
「意思の強い人/弱い人」という二分法は、表面的すぎる。そして、この二分法で自分を片付けてしまうと、本当の問題が見えなくなる。
意思は、誰の中にも、ちゃんとある。
問題は、その強さではない。意思に目が向いているかどうか、意思を大事にできているかどうか、なのである。
WellGrow的に言うと、こうなる。意思の強い/弱いは、その人の生まれつきの性質ではない。意思の強い/弱いは、意識をコントロールできるかどうかの問題である。
意識を、自分の意思のほうに向け続けられる人は、外から見ると「意思の強い人」に見える。意識が、目の前の刺激や、他人の声や、ふわふわと別のところに流れてしまう人は、外から見ると「意思の弱い人」に見える。
だが、それは、生まれつきの差ではない。意識のコントロールの差である。そして、意識のコントロールは、第4章で見てきた通り、技術として身につけていける。
つまり、意思の弱さは、生まれつきではなく、扱える問題なのである。
三日坊主は、意思が弱いのではない
ここで、もうひとつ、よくある誤解を解いておきたい。
「三日坊主」ということば。何かを始めても、3日で続かなくなる、という意味で、よく使われる。
そして、続かなかった人は、こう言う。「私は、意思が弱いから」と。
WellGrowは、ここでも、立場が違う。
三日坊主は、意思が弱いから起きているのではない。構造的に、何が起きているかを、見てほしい。
たとえば、こんな話。
「痩せたい。健康的で、はつらつとした人生を送りたい」と思う。これは、ひとつの、本当の意思である。
その意思を実現する手段として、「マラソンを始めよう」と決める。ここまでは、いい。
ところが、3日経つと、続かなくなる。4日目、ふと、走るのが面倒くさくなる。「今日は、ちょっと疲れている」「明日からでいい」 ― こう思って、走らない。そして、そのまま、走らなくなる。
このとき、何が起きていたか。
「意思が弱かったから」 ― これで片付けると、本質を見失う。
本当の意思(痩せて、健康的な人生を送りたい)は、ちゃんとあった。そのための手段(マラソンをする)も、決めていた。
ところが、実際にやるかやらないかは、そのときの予測(3-3 自由エネルギー原理)に、引っ張られていた。
「今日は疲れている」「明日でいい」「今日くらい休んでも変わらない」 ― これらは、目の前の予測である。そして、目の前の予測は、いつも、本当の意思よりも、声が大きい。目の前の感覚に引っ張られて、本当の意思が、覆い隠されてしまう。
つまり、続かないのは、意思が弱いのではない。本当の意思を、意識し続けられていないから、続かない。
ここに気づくと、解決策も、はっきりしてくる。
毎日、自分の本当の意思を、思い出すこと。4-3で見た、ことばによる意識のコントロール ― 概念化、目標を手元に置くこと ― が、まさにここで効いてくる。
「私は、痩せて、こういう人生を送りたいのだ」 ― このことばを、毎日、自分に思い出させる。そうすると、目の前の「疲れた」「明日でいい」という予測の上に、本当の意思が立ち上がってくる。
三日坊主は、意思の強さの問題ではない。意思を、毎日、意識し続けるための仕組みがあるかどうかの問題である。
意思は、まず見えなくなっているところからスタートする
ここで、もうひとつ、現代を生きる人の、意思の状態について書いておきたい。
多くの人は、自分の本当の意思を、自分で認識できていない。
これは、能力の問題ではない。本当の意思が、覆い隠されているからである。
「~すべき」「~しなければならない」という、外から与えられた声。他人の期待。社会の正解。メディアからの欲望。SNSで流れてくる、他人の人生のかたち。
これらが、自分の意思の上に、何重にも重なっている。そして、いちばん上の層は、いつも騒がしい。だから、いちばん下にある、自分の本当の意思の声が、聞こえなくなっている。
「自分は、何がしたいんだろう」「自分は、本当はどう生きたいんだろう」 ― これらの問いに、すぐ答えられない人は、決して少なくない。
これは、現代の多くの人が直面している、意思の状態である。意思そのものが消えたわけではない。意思が、聞こえなくなっているだけである。
だから、まず必要なのは、自分の意思に耳を傾けること
ここに、第5章の最初の課題が立ち上がってくる。
自分の本当の意思に、耳を傾けること。覆い隠されている意思の声を、聞き取れるようにすること。
本当の意思を知る ― これが、すべての出発点である。
ここを飛ばして、技術の話に入っても、意味がない。自分が何をしたいのかが分からないままに、どんな技術を磨いても、その技術は、向かう先を持たない。
まず、静かな時間を取り戻す。そして、自分の中の声を、丁寧に聞いていく。
その具体的な方法は、次の節(5-2)で扱いたい。
そして、意思を継続的に持ち続けること
自分の本当の意思に、耳を傾けられたとする。これで終わりではない。
実は、本当の意思がわかっても、すぐにかき消される。
目の前の欲求にかき消される。他の人の価値観にかき消される。メディアやSNSから流れ込む、別の欲望にかき消される。明日の朝には、もう、昨日認識した意思を、忘れている。
これが、現代の意思の、最大の難しさである。
だから、本当の意思を知ることと、同じくらいに大事なことがある。
本当に重要な意思を、継続的にもち続けることである。
これがないと、本当の意思を知ったところで、何も動かない。1日や1週間は、覚えている。だが、1ヶ月、3ヶ月、1年と経つうちに、ふと気がつくと、また意思が見えなくなっている。
意思は、ただ知るものではない。意思は、毎日、自分の中で、立て直し続けるものである。
そして、毎日、意思を立て直し続ける手段こそが、第4章で見てきた、ことばによる意識のコントロールである。
ここで、第4章の技術と、第5章の中心思想が、深いところで繋がる。ことばを使い、メンタルモデルを扱い、感情を観察する技術 ― これらすべては、自分の本当の意思を、毎日、自分の中で生きたものに保ち続けるためにある。
主体的に意思をもって、創造的に生きるとは
では、主体的に意思をもって、創造的に生きるとは、具体的に何をすることだろうか。
これを、3つの段階として、整理しておきたい。
1つめは、自分の本当の意思を、しっかり認識すること(5-2)。 覆い隠されている自分の意思を、丁寧に拾い上げ、輪郭をはっきりさせていく段階。
2つめは、その意思を、臨場感をもってイメージすること(5-3)。 頭の中で、リアリティー高く描けるくらいに、意思を具体的なイメージに変えていく段階。
3つめは、イメージしたものを、現実に持ち出していくこと(5-4)。 描いた未来を、毎日の小さな行動で、少しずつ現実にしていく段階。
この3つの段階が、ひとつのプロセスとして繋がったとき、人間は、主体的に意思をもって、創造的に生きることができる。
そして、これらすべての土台に「意思を継続的にもち続ける」がある
ここで、もうひとつ、大事なことを書いておきたい。
この3つの段階の、すべての土台にあるのは、「意思を継続的にもち続ける」という営みである。
認識した意思を、毎日、思い出す。イメージした未来を、毎日、臨場感を持って描き直す。現実への一歩を、毎日、選び直す。
このひと続きの、毎日の繰り返しがあって初めて、3つの段階は、生きたプロセスとして機能する。
一回認識して、一回イメージして、一回行動して終わり ― これでは、何も変わらない。毎日、繰り返す。毎日、自分の意思に、戻ってくる。
これが、人間が、主体的に意思をもって、創造的に生きるための、本当の道である。
そして、この毎日の繰り返しを支える場として、WellGrowは設計されている。毎日の対話の中で、自分の本当の意思に戻ってこられる場。意思を、毎日、自分の中で生きたものに保ち続けられる場。これが、WellGrowが、ユーザーに対して提供したいことの中心である。
この章で見ていくこと
第5章では、ここから先、ひとつずつ段階を踏んでいきたい。
5-2では、自分の意思を、認識する技術を扱う。覆い隠されている自分の意思に、どうやって耳を傾けるか。
5-3では、その意思を、リアリティー高くイメージする技術を扱う。頭の中で、未来を、どうやって生きたものにしていくか。
5-4では、創造的に生きるという話に入る。イメージした未来を、毎日の行動として、現実に持ち出していく。
これら3つの段階を、ひとつずつ見ていきながら、第5章を進めていきたい。
技術の話を超えて、思想ページの中心にある、もっとも大事な実践のプロセスへ。ここから、その旅を始めたい。