第 5 章 ― 主体的に意思をもって、創造的に生きる
5-2
自分の意思を、認識する
前の節で、WellGrowの中心思想を立てた。
主体的に意思をもって、創造的に生きる。
これが、思想ページの中心にある思想である。
ここから、それを実現していくための、具体的なプロセスに入っていきたい。
プロセスの最初は、自分の意思を、認識することである。
まず、自分の意思を知る必要がある
創造的に生きるためには、何より、自分の意思を知る必要がある。
自分が何を望んでいるか、それがわからなければ、そこに向かうこともできない。
どんな技術を身につけても、向かうべき方向が見えていなければ、技術は、ただ宙に浮いてしまう。
意思を認識することは、創造的に生きることの、最初の一歩である。
ところが、現代を生きる人にとって、この一歩が、想像以上に難しい。
現代の人は、多くの情報を取りすぎている
なぜ、難しいのか。
答えは、シンプルである。
現代の人は、毎日、あまりにも多くの情報を取り込んでいる。
SNSのことば、ニュースの見出し、広告の刺激、動画の流れ、他人の評価。
これらが、起きてから寝るまで、絶え間なく流れ込んでくる。
朝起きてスマホを開いた瞬間から、夜眠るまで、誰かの声、誰かのことば、誰かの欲望に、ずっと囲まれている。
その結果、自分の意思が認識しづらくなっている。
「これがほしい」と思っているものが、本当に自分がほしいものなのか。
それとも、広告が「ほしい」と思わせているものなのか。
SNSの誰かが持っていたから、自分もほしくなっただけなのか。
「これをしたい」と思っているものが、本当に自分のしたいことなのか。
それとも、誰かに「すごい」と言われたいだけなのか。
社会から「これが成功だ」と教えられているから、自分も追っているだけなのか。
これらの境界線が、現代では、極めて曖昧になっている。
自分の意思と、誰かの期待と、埋め込まれた欲望が、混ざり合って、自分の中で見分けがつかなくなっている。
これが、現代の意思の認識を、難しくしている根本的な背景である。
本当の意思とは、自分を心の底から喜ばせるもの
では、その混ざり合いの中から、自分の本当の意思を、どうやって取り出していけばいいのか。
本当の意思を見分ける、ひとつの目印がある。
それは、心の底から、自分を喜ばせるものかどうか、である。
本当の意思は、他人に評価されるためのものではない。
本当の意思は、「~すべき」と思っているものでもない。
本当の意思は、自分の心の奥から、湧き上がってくるもの。
ここを、注意深く区別していく。
「人がほめてくれそうだから」 ― これは、本当の意思ではない。
「社会人として、これくらいすべきだから」 ― これも、本当の意思ではない。
「みんながやっているから」 ― これも、本当の意思ではない。
「やってみたら、自分が嬉しい」「これに触れると、心が動く」「なぜか、惹かれる」
こうした、自分の中から湧き上がってくる感覚 ― ここに、本当の意思のサインがある。
体験ワーク ― いま、心の底からほしいものは何か
ここで、ひとつ、体験してみてほしいワークがある。
静かに、目を閉じてみてほしい。
そして、自分に、こう問いかけてみてほしい。
「いま、自分が心の底からほしいと思っているものは、何だろう」
ゆっくりと、答えを待ってみる。
いろいろなものが、頭に浮かぶかもしれない。
新しい服。新しい仕事。誰かからの褒めことば。休みの時間。お金。健康。家族との時間。
それらをひとつずつ、丁寧に眺めてみてほしい。
そして、もう一度、もう少し深く問いかけてみてほしい。
「その中で、本当に、心の底から自分を喜ばせるものは、何だろう」
ここで、見え方が、少し変わるはずである。
いくつかは、消えていく。
いくつかは、残る。
そして、残ったものの中に、自分の本当の意思の、小さなかけらが含まれている。
本当の意思を認識する技術 ― 心の機微を感じる
意思の認識は、いきなり大きな問いから始まらない。
「人生の目的は何か」と問われても、すぐには答えが出てこない。
それは、あまりにも大きな問いすぎるからである。
意思の認識は、もっと小さなところから始まる。
日常の中の、小さな心の機微を、ていねいに感じ取ることから。
ここで、もうひとつ、簡単な体験をしてみてほしい。
もし、いま、お腹が空いているなら、こんなふうに想像してみてほしい。
まず、うどんを思い浮かべる。
あっさりした出汁の香り。つるりとしたうどんが、箸ですくいあがる。それを口に運んだとき、自分はどう感じるだろうか。
味わってみる。
次に、焼肉を思い浮かべる。
ジューシーに焼けた肉が、網の上で音を立てている。それを口に運んだとき、自分はどう感じるだろうか。
こちらも、味わってみる。
さて、いま、両方が目の前にあるとしたら、どちらを選びたいだろうか。
ここで、自分の中で、わずかな心の動きが起きているはずである。
「うどんのほうに、少し気持ちが向く」
「焼肉のほうが、なんとなく嬉しい」
このわずかな動きを、見逃さないこと。
ここに、自分の意思のサインがある。
心の機微の積み重ねが、本当の意思を立ち上げる
うどんと焼肉の例は、ささやかなものに見える。
だが、これが、自分の意思を認識する技術の、もっとも基礎的な練習なのである。
何が自分にとって「いい」のか。
何が自分にとって「いや」なのか。
何に、心が動くのか。
何に、心が冷えるのか。
これを、毎日、毎日、ていねいに感じ取っていく。
そうすると、ある日、ふと気づく。
バラバラに思えていた小さな機微が、ひとつの方向を指し示していることに。
「自分は、こういうものに惹かれているのだな」
「自分は、こういう瞬間に、心が動くのだな」
「自分は、本当は、こうしたかったのかもしれないな」
小さな機微の積み重ねが、自分の本当の意思の輪郭を、少しずつ立ち上げていく。
小さな意思から、大きな意思へ
意思の認識を、いきなり大きなところから始めないこと。
これが、コツである。
「人生の目的は何か」 ― いきなり、ここから始めない。
「自分は何のために生きているのか」 ― これも、いきなり始めない。
これらの大きな問いに、いきなり答えようとすると、頭が空白になるか、誰かから借りてきた立派なことばを並べることになる。
どちらも、本当の意思には繋がらない。
代わりに、こう問いかける。
「今日、何を食べたいか」
「いま、誰と話したいか」
「明日、何をして過ごしたいか」
「この週末、どこに行きたいか」
こうした、小さな機微から始める。
小さな意思を、毎日、丁寧に拾っていく。
そうしているうちに、小さな意思が積み重なって、もっと大きな意思の輪郭が、少しずつ見えてくる。
「自分は、こういう仕事に喜びを感じるのか」
「自分は、こういう人と過ごす時間が好きなのか」
「自分は、こういう生き方をしてみたいのか」
大きな意思は、小さな意思の延長線上にしかない。
だから、小さな意思を丁寧に拾うことが、大きな意思を見つける、もっとも確実な道である。
WellGrowは、毎日少しずつ練習する場
WellGrowが、毎日の対話で手伝いたいのは、まさにこの練習である。
毎日、ひとつの問いを差し出す。
その問いに、自分のことばで答えていく中で、自分の小さな意思に気づいていく。
「今日、心が動いたことは何だっただろうか」
「いま、何を選びたいだろうか」
「自分は本当は、何を望んでいるのだろうか」
これを、ひとり静かに考える時間を、毎日3分でも持つ。
こうした日々の積み重ねが、自分の意思の認識力を、確実に育てていく。
意思を認識できるようになったら、次の段階に進む。
認識した意思を、今度は、リアリティー高くイメージする。
脳が動き出すくらいに、五感を動員して、未来の姿を描く。
その話は、次の節で詳しく扱いたい。