第 4 章 ― 意識を、使う
4-3
ことばで、意識をコントロールする
前の節で、意識を意図的に使えるということを、体験を通じて確認した。
昨日の食事を思い出すことができた ― あの瞬間、確かに、自分の意識を自分で動かした。
では、その意識のスポットライトは、どうすれば動かせるのか。
意識を、いい方向に向け続けるためには、何を使えばいいのか。
答えは、シンプルである。
ことばによって、コントロールする。
ことばこそが、意識のスポットライトを動かす、もっとも実践的な道具である。
ここから、その話に深く入っていきたい。
命令や決意では、意識は動かない
ここで、ひとつ大事な事実を、最初に共有しておきたい。
多くの人は、自分の意識を変えたいとき、命令や決意でなんとかしようとする。
「ポジティブに考えよう」と決意する。
「不安をやめよう」と命令する。
「もっと前向きに生きるぞ」と気合を入れる。
ところが、多くの場合、これらは、うまくいかない。
決意しても、すぐに元に戻る。
命令しても、不安は消えない。
気合を入れても、長続きしない。
なぜか。
意識は、命令されると、むしろ反発する性質がある。
「考えるな」と言われると、かえって考えてしまう。
「不安をやめろ」と言われると、不安にさらに意識が向いてしまう。
これは、誰でも経験している、心の不思議な性質である。
一方で、意識は、ことばによる働きかけのほうには、自然と動く。
命令ではなく、ことばを差し出されることに対しては、意識は素直に反応する。
ここに、ことばで意識をコントロールすることの、本質的な仕組みがある。
意識を動かしたいなら、命令するのではなく、ことばを使う。
これが、もっとも自然で、もっとも効率のいい方法である。
ことばで意識をコントロールする、2つの強力な方法
ことばで意識をコントロールする方法は、たくさんある。
その中でも、特に強力な方法が、2つある。
1つめは、問いを立てること。
2つめは、概念化すること。
このふたつは、どちらも「ことばで意識を動かす」という点では同じだが、働き方がはっきりと違う。
ここから、それぞれを、ひとつずつ見ていきたい。
1つめ ― 問いを立てる
ふたつのうち、ひとつめは、問いを立てることである。
問いには、不思議な力がある。
問いを立てた瞬間、脳は、自然とその方向に注意を向け始める。
意識のスポットライトが、問いの方向に向かって、自動的に動き出す。
たとえば、こうである。
「今日、何があったか」と問えば、意識は、過去の出来事に向く。
「明日、何ができるか」と問えば、意識は、未来の可能性に向く。
「何がうまくいったか」と問えば、意識は、成功の側面に向く。
「何が大切か」と問えば、意識は、自分の価値に向く。
つまり、問いが、スポットライトの向きを決めている。
何を問うかによって、何を考えるかが、何を感じるかが、自然と決まっていく。
そして、もうひとつ、興味深い事実がある。
脳は、問いを立てられると、自動的に答えを探し始める性質を持っている。
これは、意識の上だけでなく、潜在意識(3-9)のレベルでも起きている。
一度立てた問いは、寝ているあいだも、脳の中で、密かに動き続けているのである。
朝に立てた問いの答えが、ふとした瞬間に降りてくる経験。
これは、脳が、自分の知らないところで、その問いを処理し続けていたからである。
いま自分の中に、どんな問いがあるか
ここで、立ち止まって、自分自身に目を向けてみてほしい。
いま、あなたの中には、どんな問いがあるだろうか。
これは、人生の方向を決定づける、もっとも重要な問いである。
多くの人は、無意識のうちに、ネガティブな問いを抱えている。
「なぜ、私はダメなんだろう」
「どうして、私ばかりこんな目に遭うのか」
「自分は、どこで間違えてしまったのか」
これらの問いを毎日抱えていると、脳は、それに答えるための材料を、毎日、集めてくる。
ダメな証拠、不運な出来事、過去の失敗 ― これらが、次々と目に入ってきて、意識を埋めていく。
そして、「やっぱり自分はダメだ」という結論にたどり着く。
問いそのものが、その結論を、引き寄せていたのである。
これに対して、もし、こんな問いを意識的に抱えたら、どうなるだろうか。
「ここから、何が学べるか」
「私は、本当はどうしたいのか」
「どのようにすれば、うまくいくだろうか」
これらの問いを抱えると、脳は、別の方向で材料を集め始める。
小さな学び、本当の願い、解決の糸口 ― これらが、目に入ってくるようになる。
そして、「ここから何かが始まる」という感覚へとつながっていく。
同じ自分、同じ環境、同じ一日でも、立てる問いを変えるだけで、見えてくる世界が変わる。
2つめ ― 概念化する
ふたつめの方法は、概念化することである。
これを説明するために、まず、概念とは何だったかを、思い出しておきたい(3-6)。
概念は、情報を圧縮したものである。
ひとつの短いことばの中に、長い経験や、広い世界観や、深い知恵が、ぎゅっと詰め込まれている。
だからこそ、その概念をひとつ思い出すだけで、その周辺にある情報や視点を、まとめて引き出すことができる。
ここで、問いと概念の、働き方の違いに注目してほしい。
問いは、立てた瞬間に、脳が「答えを探す」方向に動き出す。
意識を、これから探すべき方向へと、能動的に向かわせる道具である。
概念は、それ自体を思い出すことで、関連する世界観や視点が、まとめて呼び起こされる。
意識を、すでに持っている知恵の世界に、引き戻す道具である。
問いが「未来へ向かう道具」だとすれば、概念は「蓄積を呼び起こす道具」である。
問いで未来に意識を向け、概念で過去の蓄積を呼び起こす。
このふたつは、両輪の関係にある。
そして、ここでひとつ大事なことがある。
概念は、ただ外から借りてくるだけのものではない。
概念は、自分で、作り出していくこともできる。
これを、ここでは「概念化する」と呼びたい。
概念化するとは、自分の経験を、短いことばに圧縮すること
概念化とは、何をすることなのか。
自分が体験した出来事。
そこから得た学び、気づき、反省点、よかったこと。
これらを、短いことばにまとめあげること。
これが、概念化である。
たとえば、ある仕事で大きな失敗をしたとする。
そのときの自分の判断、周りの反応、最終的にどう乗り越えたか、そこから何を学んだか。
これらの経験は、そのままだと、雑然と頭の中に残っているだけである。
そこから、ひとつのことばを抽出してみる。
「焦った判断は、ろくなことにならない」
「立ち止まる勇気が、結局いちばん早い」
「人に頼ることは、弱さではない」
こうして短いことばに圧縮すると、その経験全体が、ひとつの概念になる。
そして、後日、似た状況に出会ったとき、このことばを思い出すだけで、その経験から得た学びの全体が、まとめて呼び起こされてくる。
ことばひとつが、自分の中の経験データベースを、引き出すための鍵になる。
これが、概念化することの、本当の力である。
意識的に概念化していくことで、自分にとって使いやすい、自分専用のことばが少しずつ増えていく。
そして、その自分専用のことばを使えるようになるほど、意識はコントロールしやすくなっていく。
既存の名言やことわざも、自分の概念にできる
概念化は、ゼロから自分で作るだけではない。
人類は、過去の長い時間の中で、無数の概念を、すでに作り上げてきた。
それが、名言やことわざとして、今日まで残っている。
「継続は力なり」
「急がば回れ」
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」
「犬も歩けば棒に当たる」
これらは、人類が、長い経験の中で、圧縮して残してきた概念である。
だから、自分で一から概念化する代わりに、これらを取り入れていくこともできる。
ただし、ここでひとつ大事なことを書いておきたい。
名言やことわざを、ただ覚えるだけでは、自分の中で機能しない。
そのことばを、自分の経験につなげて、自分なりに意味を持たせる ― これがあって初めて、自分の概念になる。
たとえば、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざ。
辞書的な意味は、「何かをすると、思わぬ災難に遭うことがある(あるいは、思わぬ幸運に出会うこともある)」ということ。
だが、自分の経験に結びつけて咀嚼してみると、こうなるかもしれない。
「何かをしないでいると、何も起きない。動いていれば、いいことも悪いことも、必ず何かに当たる。だから、まず動こう」
このとき、このことわざは、辞書の中のことばではなく、自分の中の生きた概念になっている。
これを思い出すたびに、自分の過去の経験や、自分が大事にしたい姿勢が、まとめて呼び起こされる。
つまり、ことわざは「人類が作った概念の骨格」であり、その中身は、人の数だけ違っていい。
同じことわざでも、自分の経験を流し込んで、自分専用の概念にしていく。
ここに、ことわざを本当に使えるようになる、ということの中身がある。
概念化は、問いと並ぶ、もうひとつの大事な技術
ここで、ひとつ、強調しておきたいことがある。
「いい問いを立てることが大事だ」ということは、多くの本やセミナーで言われてきた。
質問の力、コーチングの力 ― これらは、現代社会でも、よく知られている。
だが、それと同じくらいに重要なのに、あまり語られてこなかったことがある。
それが、概念化である。
自分の経験を、短いことばに圧縮していく。
すでにある名言やことわざを、自分の経験につなげて、自分の概念にしていく。
こうして、自分専用の概念を、少しずつ増やしていく。
この営みは、問いを立てることと同じくらい、人生に決定的な意味を持つ。
問いで、未来に意識を向ける。
概念で、過去の蓄積を呼び起こす。
このふたつを両輪として使えるようになると、ことばによる意識のコントロールは、はるかに強力になる。
概念化の、いちばん身近な実践 ― 自分の目標も、ひとつの概念
ここで、もうひとつ、概念化の身近な例を挙げておきたい。
それは、自分の目標である。
多くの人は、目標を、頭の中だけでぼんやり持っている。
「もっと健康になりたい」「もう少し稼ぎたい」「いつかは独立したい」 ― こうした願いは、誰の中にもある。
だが、それらが、頭の中だけにとどまっている。
目標を、頭の中から外に出して、ことばにして書き出してみる。
これは、自分の願いを、ひとつの概念に圧縮する作業である。
そして、書き出した目標を、毎日見るようにする。
紙に書いて貼っておく。
手帳の最初のページに書いておく。
スマホの待ち受けにする。
ぼんやりとした願いが、目に見えることばになるだけで、意識の中での重さが、まったく違ってくる。
目標がことばとして手元にあると、何が起きるか。
その目標ということばを思い出すだけで、その目標に関連する判断の基準や、進むべき方向、いま大事にすべきことが、まとめて呼び起こされる。
これは、まさに、自分で作った概念を、使う、ということである。
「健康になる」という目標が手元にあれば、目の前の食事を選ぶときに、その方向に沿った選択が、自然に立ち上がってくる。
「独立する」という目標が手元にあれば、日々の選択の中に、その方向への一歩が、紛れ込んでくる。
歴史を眺めると、偉人と呼ばれる人たちの多くが、この習慣を持っていた。
目標を紙に書き出し、毎日見る。
これは、古今東西で繰り返し実践されてきた、もっとも基本的な、概念化の実践のひとつである。
概念を、たくさん持つほど、意識を動かす道具が増える
ここまでをまとめると、こうなる。
自分の経験を、ことばに圧縮する(概念化する)。
人類が残してきた名言やことわざを、自分の経験につなげて、自分の概念にする。
自分の目標を、ことばにして手元に置く。
こうして自分の中に、概念を、たくさん持っていく。
概念をたくさん持つほど、意識を動かす道具が増えていく。
朝、ふと「継続は力なり」を思い出すだけで、今日の小さな積み重ねに意識が向く。
迷ったとき、自分の目標を思い出すだけで、選ぶべき方向が見えてくる。
過去の失敗から作った「立ち止まる勇気が、結局いちばん早い」を思い出して、急ぎたい気持ちを抑える。
ひとつの概念を思い出すたびに、その周辺にある世界観が、まとめて呼び起こされる。
そして、その世界観の中で、いまの自分が選ぶべきことが、自然と立ち上がってくる。
一日に一回、自分の好きなことばや、自分で作った概念や、目標を呟くだけでも、意識の向き先は、ずいぶん変わってくる。
共通しているのは、ことばで自分に入力すること
ここまで、ふたつの方法を見てきた。
問いを立てる。概念化する(そして概念を使う)。
このふたつに、共通していることがある。
それは、どちらも、ことばによって、自分自身に何かを入力する営みだということ。
問いも、概念も、すべて、自分の中に流し込むことばである。
そして、流し込まれたことばが、意識のスポットライトを動かし、思考と行動の方向を作っていく。
これは、命令でもなく、決意でもなく、努力でもない。
もっと自然で、もっと効率のいい、意識のコントロール法である。
意識を変えたいなら、自分にどんなことばを入力しているかを、まず見直す。
そして、自分にとってよい入力になることばを、意識的に選んでいく。
さらに、自分の経験から、自分専用の概念を、毎日少しずつ作っていく。
これだけで、人生の方向は、確実に変わっていく。
WellGrowは、ことばによる意識のコントロールを、毎日少しずつ練習する場
WellGrowが、毎日の対話で手伝いたいのは、まさにこの練習である。
いい問いに、毎日、繰り返し触れる。
今日の経験を、ひとつのことばに圧縮していく(概念化していく)。
過去の名言やことわざを、自分の経験につなげて、自分の概念にしていく。
自分の目標を、ことばにして、手元に置いていく。
これを、毎日少しずつ続けるほど、自分の意識を、自分の手で動かせるようになっていく。
ことばによって、自分の人生の方向を、自分で選び取れるようになっていく。
そして、これは、一回学んで終わりの技術ではない。
毎日、続けるからこそ、力になる種類の技術である。
次の節では、この「毎日続ける」ことを、もっと深く扱いたい。
ことばを、習慣として、自分の毎日に組み込んでいく。
その話に、進んでいきたい。