第 4 章 ― 意識を、使う
4-2
うまくいく人が実践している、意識の使い方
前の節で、意識の使い方が、人生の質を決めると書いた。
だが、「意識を使う」と言われても、いまひとつピンとこない、という人もいるかもしれない。日常で意識を使っている実感が、はっきりとは持てない、と。
それは、ごく自然な反応である。意識は、空気のようなもので、自分が使っていることを、自分でも気づきにくい。
だから、ここから先は、頭で理解する前に、まず体で実感してもらいたい。ちょっとした体験を、一緒にやってみる。そこから、「意識を使う」とは何かが、自然に立ち上がってくるはずである。
では、昨日の食事を、ひとつ思い出してほしい
少し時間をとって、こんなことを、やってみてほしい。
昨日の食事を、ひとつ思い出してみる。朝食でも、昼食でも、夕食でも、どれでもいい。何を食べたか、思い出せただろうか。
思い出せたら、その食べ物のイメージを、頭の中で描いてみてほしい。色は、何色だっただろうか。形は、どんな形だっただろうか。湯気は、上がっていただろうか。香りは、どんな香りだっただろうか。
ゆっくりと、ひとつずつ、頭の中で立ち上げてみる。
次に、口に運んだときの感覚を
続けて、その食べ物を口に運んだときの感覚を、思い出してみてほしい。
どんな味だっただろうか。甘かったか、塩辛かったか、酸っぱかったか。温度は、温かかったか、冷たかったか。
噛んだときの食感は、どうだっただろうか。やわらかかったか、噛み応えがあったか。
そして、飲み込んだあとの余韻は、どんなものだっただろうか。
頭の中で、もう一度、味わってみてほしい。
周りの情景も、思い出してみてほしい
最後に、その食事の周りの情景も、思い出してみる。
どこで、食べたか。家のテーブルか、職場の昼休みか、外食か。
誰と、食べたか。家族と一緒だったか、同僚とだったか、それともひとりだったか。
そのとき、自分は、どんな気分だっただろうか。何を、考えていただろうか。急いでいただろうか、ゆっくりしていただろうか。
これらを、頭の中で立ち上げてみる。
ここで、何が起きたか
少し立ち止まって、いま起きたことを、振り返ってみたい。
いま、あなたの意識は、昨日の食事に向きました。昨日の食事を、思い出すという体験を、たったいま、しました。
この体験には、ひとつの大事な事実が含まれている。
これは、誰かに強制されたわけではない。誰かが、あなたの記憶を勝手に再生したわけでもない。私が問いかけ、あなたが、自分の意思で、その問いかけに応じて、自分の意識を昨日の食事に向けた。これが、つい先ほど、起きたことである。
つまり、あなたは、主体的に、自分の意識を使った。私からのひとつの問いかけがきっかけになって、あなた自身が、意識のスポットライトを、昨日の食事のほうへと、自分の手で動かしたのである。
これが、「意識を使う」ということ。
意識を使うとは、特別なことではない。このように、自分の意識を、どこかに向けることである。ただ、それだけのことである。
当たり前のように聞こえるかもしれない。だが、こうして意識的に向ける感覚を、改めて確認した人は、案外、少ない。そして、この「意識的に向ける」感覚を、はっきりと自覚できるかどうかが、ここから先の、大事な出発点になる。
では、考えてみてほしい
ここで、ひとつ、考えてみてほしいことがある。
世の中には、いろいろな人がいる。
自分の人生がよりよくなる方向に、意識を使っている人。「今日、何ができるか」「ここから何が学べるか」「相手のいいところは何か」 ― こんなふうに、未来や、可能性や、いいものに、意識を向けている人。
その一方で、自分の人生が「なんてダメなんだ」と思うことに、意識を使っている人。「自分はやっぱりダメだ」「どうせ無理だ」「あの人は嫌な人だ」 ― こんなふうに、過去や、できない理由や、嫌なものに、意識を向けている人。
どちらの人生が、長い目で見たとき、うまくいくだろうか。
答えは、聞くまでもないだろう。
よりよくなる方向に意識を使っている人のほうが、うまくいく。これは、性格の話でも、運の話でもない。ただ、意識をどこに向けて使っているかの違いが、長い時間をかけて、決定的な差を生んでいくのである。
つまり、意識を「どこに向けるか」で、人生は変わっていく。
具体的に、うまくいく人は、こんな意識の使い方をしている
うまくいく人たちを観察してみると、共通する意識の使い方が、3つ見えてくる。
1つめは、自分にかけることばが、違う。
うまくいかない人は、無自覚に、自分にネガティブなことばをかけ続けている。「自分はダメだ」「どうせ無理だ」「またやってしまった」 ― これらが、毎日の自己対話の中で、流れっぱなしになっている。
一方、うまくいく人は、自分にかけることばを、意識的に選んでいる。「ここから何ができるか」「自分は何を大事にしたいか」「相手のいいところは何か」 ― こうした問いを、自分の中に立てる習慣を持っている。
自分にどんなことばを入力するか ― ここに、第一の違いがある。
2つめは、世界を見ている前提が、違う。
人は誰でも、無意識のうちに「世界はこういうものだ」「人はこう動く」「自分はこういう人間だ」という前提を持って生きている。この前提が、目の前の出来事をどう受け取るかを、決めている。
うまくいかない人は、「人は信用できない」「自分は無力だ」「世界は厳しい」といった、自分を縛る前提を、無自覚に抱えていることが多い。
うまくいく人は、その前提に気づき、必要なら書き換える練習をしている。「人は基本的に味方になりうる」「自分にも、できる部分がある」「世界には可能性がある」 ― こうした前提を、自分の中で育てている。
世界を見る前提を、自分で扱えるかどうか ― これが、第二の違いである。
3つめは、感情との付き合い方が、違う。
毎日、無数の感情が、自分の中に立ち上がってくる。
うまくいかない人は、感情に飲み込まれて振り回されるか、感情を抑え込んで見ないようにしている。どちらも、感情に支配されている状態である。
うまくいく人は、感情を観察し、その奥にあるものに耳を傾ける。感情を否定せず、しかし飲み込まれもしない。感情を、自分を知るための情報として、扱っている。
感情と、どう付き合うか ― ここに、第三の違いがある。
これら3つの使い方は、特別な才能ではない。何か特殊な能力が必要なわけでもない。ただ、意識を、どこに向けるか ― これを、毎日選んで実践しているだけである。
ここで、最初の体験に戻りたい
ここで、もう一度、節の最初に戻りたい。
さっき、あなたは、昨日の食事を思い出すことができた。これは、特別なことではないように見える。だが、よく考えると、これこそが、意識を意図的に使えた、ということなのである。
もし、意識を意図的に使えなかったら、こうはならない。私の問いかけにも反応できず、記憶を呼び出すこともできず、頭の中でイメージを立ち上げることもできない。
ところが、あなたは、それができた。ということは、あなたには、意識を主体的に使う能力が、もとから備わっているということである。
問題は、能力があるかどうかではない。その能力を、毎日の中で、どこに向けて使うかである。
注意して、意識を使えば、自分の意識を、自分で変えることができる。そして、練習を重ねれば、誰でも、意識の使い方は、確実に変えていける。
これは、希望的な話ではない。たったいま、あなたが自分の意識を昨日の食事に向けられたという、事実そのものから導かれる結論である。
WellGrowは、この練習を、毎日少しずつ重ねるための場
WellGrowが、毎日の対話で手伝いたいのは、まさにこの練習である。
毎日、ひとつの問いを差し出す。その問いに応えるなかで、自分の意識を、自分で動かす練習を重ねていく。意識をどこに向けるかを、自分で選ぶ感覚を、毎日育てていく。
これを長く続けるほど、自分の意識を、自分の手で使えるようになる。そして、意識をよい方向に向ける習慣が、自然に身についていく。
次の節からは、この「意識の使い方」をもっと具体的にしていきたい。その入口にあるのが、「ことば」である。意識のスポットライトを動かすための、もっとも実践的な道具としてのことば ― それを、次から見ていきたい。