第 4 章 ― 意識を、使う
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うまくいく人が実践している、意識の使い方
前の節で、意識の使い方が、人生の質を決めると書いた。
だが、「意識を使う」と言われても、いまひとつピンとこない、という人もいるかもしれない。
日常で意識を使っている実感が、はっきりとは持てない、と。
それは、ごく自然な反応である。
意識は、空気のようなもので、自分が使っていることを、自分でも気づきにくい。
だから、ここから先は、頭で理解する前に、まず体で実感してもらいたい。
ちょっとした体験を、一緒にやってみる。
そこから、「意識を使う」とは何かが、自然に立ち上がってくるはずである。
では、昨日の食事を、ひとつ思い出してほしい
少し時間をとって、こんなことを、やってみてほしい。
昨日の食事を、ひとつ思い出してみる。
朝食でも、昼食でも、夕食でも、どれでもいい。
何を食べたか、思い出せただろうか。
思い出せたら、その食べ物のイメージを、頭の中で描いてみてほしい。
色は、何色だっただろうか。
形は、どんな形だっただろうか。
湯気は、上がっていただろうか。
香りは、どんな香りだっただろうか。
ゆっくりと、ひとつずつ、頭の中で立ち上げてみる。
次に、口に運んだときの感覚を
続けて、その食べ物を口に運んだときの感覚を、思い出してみてほしい。
どんな味だっただろうか。
甘かったか、塩辛かったか、酸っぱかったか。
温度は、温かかったか、冷たかったか。
噛んだときの食感は、どうだっただろうか。
やわらかかったか、噛み応えがあったか。
そして、飲み込んだあとの余韻は、どんなものだっただろうか。
頭の中で、もう一度、味わってみてほしい。
周りの情景も、思い出してみてほしい
最後に、その食事の周りの情景も、思い出してみる。
どこで、食べたか。
家のテーブルか、職場の昼休みか、外食か。
誰と、食べたか。
家族と一緒だったか、同僚とだったか、それともひとりだったか。
そのとき、自分は、どんな気分だっただろうか。
何を、考えていただろうか。
急いでいただろうか、ゆっくりしていただろうか。
これらを、頭の中で立ち上げてみる。
ここで、何が起きたか
少し立ち止まって、いま起きたことを、振り返ってみたい。
いま、あなたの意識は、昨日の食事に向きました。
昨日の食事を、思い出すという体験を、たったいま、しました。
この体験には、ひとつの大事な事実が含まれている。
これは、誰かに強制されたわけではない。
誰かが、あなたの記憶を勝手に再生したわけでもない。
私が問いかけ、あなたが、自分の意思で、その問いかけに応じて、自分の意識を昨日の食事に向けた。
これが、つい先ほど、起きたことである。
つまり、あなたは、主体的に、自分の意識を使った。
私からのひとつの問いかけがきっかけになって、あなた自身が、意識のスポットライトを、昨日の食事のほうへと、自分の手で動かしたのである。
これが、「意識を使う」ということ。
意識を使うとは、特別なことではない。
このように、自分の意識を、どこかに向けることである。
ただ、それだけのことである。
当たり前のように聞こえるかもしれない。
だが、こうして意識的に向ける感覚を、改めて確認した人は、案外、少ない。
そして、この「意識的に向ける」感覚を、はっきりと自覚できるかどうかが、ここから先の、大事な出発点になる。
では、考えてみてほしい
ここで、ひとつ、考えてみてほしいことがある。
世の中には、いろいろな人がいる。
自分の人生がよりよくなる方向に、意識を使っている人。
「今日、何ができるか」「ここから何が学べるか」「相手のいいところは何か」 ― こんなふうに、未来や、可能性や、いいものに、意識を向けている人。
その一方で、自分の人生が「なんてダメなんだ」と思うことに、意識を使っている人。
「自分はやっぱりダメだ」「どうせ無理だ」「あの人は嫌な人だ」 ― こんなふうに、過去や、できない理由や、嫌なものに、意識を向けている人。
どちらの人生が、長い目で見たとき、うまくいくだろうか。
答えは、聞くまでもないだろう。
よりよくなる方向に意識を使っている人のほうが、うまくいく。
これは、性格の話でも、運の話でもない。
ただ、意識をどこに向けて使っているかの違いが、長い時間をかけて、決定的な差を生んでいくのである。
つまり、意識を「どこに向けるか」で、人生は変わっていく。
具体的に、うまくいく人は、こんな意識の使い方をしている
うまくいく人たちを観察してみると、共通する意識の使い方が、3つ見えてくる。
1つめは、自分にかけることばが、違う。
うまくいかない人は、無自覚に、自分にネガティブなことばをかけ続けている。
「自分はダメだ」「どうせ無理だ」「またやってしまった」 ― これらが、毎日の自己対話の中で、流れっぱなしになっている。
一方、うまくいく人は、自分にかけることばを、意識的に選んでいる。
「ここから何ができるか」「自分は何を大事にしたいか」「相手のいいところは何か」 ― こうした問いを、自分の中に立てる習慣を持っている。
自分にどんなことばを入力するか ― ここに、第一の違いがある。
2つめは、世界を見ている前提が、違う。
人は誰でも、無意識のうちに「世界はこういうものだ」「人はこう動く」「自分はこういう人間だ」という前提を持って生きている。
この前提が、目の前の出来事をどう受け取るかを、決めている。
うまくいかない人は、「人は信用できない」「自分は無力だ」「世界は厳しい」といった、自分を縛る前提を、無自覚に抱えていることが多い。
うまくいく人は、その前提に気づき、必要なら書き換える練習をしている。
「人は基本的に味方になりうる」「自分にも、できる部分がある」「世界には可能性がある」 ― こうした前提を、自分の中で育てている。
世界を見る前提を、自分で扱えるかどうか ― これが、第二の違いである。
3つめは、感情との付き合い方が、違う。
毎日、無数の感情が、自分の中に立ち上がってくる。
うまくいかない人は、感情に飲み込まれて振り回されるか、感情を抑え込んで見ないようにしている。
どちらも、感情に支配されている状態である。
うまくいく人は、感情を観察し、その奥にあるものに耳を傾ける。
感情を否定せず、しかし飲み込まれもしない。
感情を、自分を知るための情報として、扱っている。
感情と、どう付き合うか ― ここに、第三の違いがある。
これら3つの使い方は、特別な才能ではない。
何か特殊な能力が必要なわけでもない。
ただ、意識を、どこに向けるか ― これを、毎日選んで実践しているだけである。
ここで、最初の体験に戻りたい
ここで、もう一度、節の最初に戻りたい。
さっき、あなたは、昨日の食事を思い出すことができた。
これは、特別なことではないように見える。
だが、よく考えると、これこそが、意識を意図的に使えた、ということなのである。
もし、意識を意図的に使えなかったら、こうはならない。
私の問いかけにも反応できず、記憶を呼び出すこともできず、頭の中でイメージを立ち上げることもできない。
ところが、あなたは、それができた。
ということは、あなたには、意識を主体的に使う能力が、もとから備わっているということである。
問題は、能力があるかどうかではない。
その能力を、毎日の中で、どこに向けて使うかである。
注意して、意識を使えば、自分の意識を、自分で変えることができる。
そして、練習を重ねれば、誰でも、意識の使い方は、確実に変えていける。
これは、希望的な話ではない。
たったいま、あなたが自分の意識を昨日の食事に向けられたという、事実そのものから導かれる結論である。
WellGrowは、この練習を、毎日少しずつ重ねるための場
WellGrowが、毎日の対話で手伝いたいのは、まさにこの練習である。
毎日、ひとつの問いを差し出す。
その問いに応えるなかで、自分の意識を、自分で動かす練習を重ねていく。
意識をどこに向けるかを、自分で選ぶ感覚を、毎日育てていく。
これを長く続けるほど、自分の意識を、自分の手で使えるようになる。
そして、意識をよい方向に向ける習慣が、自然に身についていく。
次の節からは、この「意識の使い方」をもっと具体的にしていきたい。
その入口にあるのが、「ことば」である。
意識のスポットライトを動かすための、もっとも実践的な道具としてのことば ― それを、次から見ていきたい。