第 5 章 ― 主体的に意思をもって、創造的に生きる
5-4
創造的に生きる ― 意思を、現実に持ち出す
前の節で、認識した意思を、リアリティー高くイメージするところまで来た。
頭の中には、自分の本当の意思が、リアリティー高く描けている。
五感が動くくらいの臨場感で、未来の自分の姿が、立ち上がっている。
ここまで来たら、いよいよ最後の段階に入る。
頭の中に描いた未来を、現実に持ち出していく。
これが、創造である。
創造とは、頭の中で想像したものを、現実に具現化していくこと
「創造」と聞くと、芸術家やクリエイターを思い浮かべるかもしれない。
絵を描くこと、音楽を作ること、物語を生み出すこと。
だが、創造の本質は、もっと根本的なところにある。
創造とは、頭の中で想像したものを、現実に具現化していくこと。
このシンプルな定義に、創造のすべてが含まれている。
頭の中にしかなかったものを、現実に立ち上げる。
昨日まで存在しなかったものを、今日、世界に持ち出す。
これが、創造の本質である。
人間の脳には、新しいものを作り上げる能力が備わっている
ここで、ひとつ立ち止まって、人間という存在を、もう一度眺めてみたい。
人間の脳には、極めて特殊な能力が備わっている。
これまで存在しなかったものを、頭の中で構成する能力。
そして、構成したものを、現実に持ち出す能力。
これは、他のどの生き物にもない、人間固有の力である。
動物も、巣を作る。蜂は巣箱を作る。蜘蛛は巣を張る。
だが、それらは、種として決まったパターンを、本能に従って作っているだけである。
昨日と違う巣を作ろうとは、しない。
人間だけが、昨日と違う何かを、自分の頭の中で構想し、それを世界に持ち出すことができる。
道具を作る。家を建てる。物語を語る。組織を作る。芸術を生み出す。技術を発展させる。
138億年の宇宙の歴史の中で、人間ほど、この「創造する力」を高度に持つ存在は、現れていない。
そして、この力は、人類の集合的な達成だけのものではない。
ひとりひとりの中に、この力が宿っている。
あなたの中にも、私の中にも、創造の能力が、確かに備わっている。
創造は、芸術家やクリエイターだけのものではない
ここで、誤解を解いておきたい。
創造は、特別な人だけのものではない。
プロのアーティストや、特別な才能を持った人だけが、創造的に生きているわけではない。
仕事のやり方を新しくするのも、創造である。
昨日と同じやり方を、今日少しだけ変えてみる。それも、立派な創造の一歩。
人間関係を新しく作るのも、創造である。
昨日まで知らなかった人と、新しい関係を築く。あるいは、いまの関係を、別の質のものに変えていく。
自分の人生をデザインするのも、創造である。
受け取った人生を、ただ生きるのではなく、自分の意思で、形を作り直していく。
日々のひとつひとつの選択も、創造の一部である。
何を食べるか。誰と話すか。どこに行くか。何を読むか。何に時間を使うか。
これらの小さな選択の積み重ねが、自分の人生という、ひとつの作品を作り上げていく。
つまり、創造は、特別な舞台で行うものではなく、毎日の中に、無数に散らばっている営みである。
創造的に生きるとは、自分で作り出していくこと
ここから、「創造的に生きる」という、もう少し大きな概念に入っていきたい。
創造的に生きるとは、与えられたものをただ受け取るのではなく、自分で作り出していくこと、である。
世の中には、すでにたくさんの「与えられたもの」がある。
社会の仕組み、文化、価値観、成功の定義、幸せの形。
これらは、自分が生まれる前から、すでにそこにある。
多くの人は、これらをただ受け取って、そのままの形で生きていく。
それも、ひとつの生き方である。
だが、もうひとつの生き方がある。
与えられたものを、自分の意思で、組み替え、作り直し、新しい形に再構築していく生き方。
これが、創造的に生きるということ。
これは、何も、すべてを否定する話ではない。
受け取るものは、受け取っていい。
ただ、その上に、自分の意思で何かを足していく。自分の手で何かを作っていく。
それが、創造的に生きることの中身である。
創造的に生きるための、毎日の問い
創造的に生きる人は、毎日の中で、自分にひとつの問いを立てている。
「今日、何を新しく作れるか」
「今日、何を変えられるか」
「今日の小さな一歩は、何だろうか」
これらの問いを、朝に立ててみる。
あるいは、夜、今日を振り返りながら、立ててみる。
問いを立てるだけで、意識のスポットライト(3-5)が、創造の方向に向き始める。
脳が、今日の中に、創造の可能性を探し始める。
そして、昨日まで見えなかった、小さな創造の機会が、目の前に立ち上がってくる。
問いを立てない人には、創造の機会は見えない。
問いを立てる人には、機会は、毎日のように立ち上がってくる。
大きな創造は、小さな一歩の積み重ねからしか生まれない
ここで、ひとつ大事なことを書いておきたい。
創造と聞くと、大きな成果を想像するかもしれない。
有名な芸術作品、革命的な発明、世界を変えるような事業。
だが、これらの大きな創造はすべて、小さな一歩の積み重ねからしか生まれない。
天才のひらめき一発で、大きな創造が完成することはない。
今日の小さな一歩がなければ、明日の創造もない。
第4章で見たように(4-3)、質の高い予測は、現実から地続きでなければならなかった。
創造もまた、いまの現実から地続きの、小さな一歩から始まる。
妄想は、いくら大きく描いても、現実を動かさない。
小さな一歩は、それが現実から地続きなら、確実に未来を動かしていく。
だから、創造的に生きるとは、毎日、ひとつの小さな一歩を踏み出す習慣を持つこと、とも言える。
大きな夢を描くのもいい。
だが、それ以上に大事なのは、今日、何ができるかを問い、ひとつだけでも、それを実行することである。
創造的に生きる人は、人生の主役を取り戻している
ここで、創造的に生きることの、もうひとつの大きな意味を書きたい。
創造的に生きる人は、人生の主役を取り戻している。
人生には、ふたつの生き方がある。
ひとつは、誰かに与えられた人生を、受け取るだけの生き方。
もうひとつは、自分の意思で、自分の人生を作っていく生き方。
前者は、楽でもあり、苦しくもある。
楽なのは、自分で考える必要がないから。
苦しいのは、自分の人生の主導権が、自分の手にないから。
後者は、しんどくもあり、深く満たされてもいる。
しんどいのは、自分で考え、自分で選び、自分で作っていかなければならないから。
深く満たされるのは、自分の人生が、確かに自分のものになっているから。
WellGrowが目指しているのは、後者の生き方である。
そして、後者の生き方は、創造的に生きることと、ほぼ同じものである。
受け取るだけではなく、世界に何かを返していく。
与えられた人生ではなく、自分で作っていく人生。
これが、WellGrowが提案する、よく生きることの中身である。
主体的に意思をもって、創造的に生きるための流れ
ここで、第5章でたどってきた、3段階のプロセスを、もう一度確認しておきたい。
1つめ ― 自分の本当の意思を、認識する(5-2)。
覆い隠されている自分の意思を、丁寧に拾い上げ、輪郭をはっきりさせていく。
2つめ ― その意思を、リアリティー高くイメージする(5-3)。
五感が動くくらいの臨場感で、未来の姿を、頭の中に立ち上げる。
3つめ ― イメージしたものを、現実に持ち出す(5-4)。
今日の小さな一歩から、毎日、未来を現実に近づけていく。
この3つの段階が、ひとつのプロセスとして連なったとき、人間は、主体的に意思をもって、創造的に生きることができる。
これが、WellGrowが提案する、創造的に生きるためのプロセスである。
このプロセスは、特別な才能を必要としない
最後に、この章を閉じる前に、もうひとつ書いておきたい。
このプロセスは、特別な才能を必要としない。
特別な環境も、特別な学歴も、特別な経験も、必要としない。
必要なのは、ただ、毎日、少しずつ練習することだけ。
意思を認識する練習。
意思をリアリティー高くイメージする練習。
今日の一歩を、踏み出す練習。
これらを、毎日、ほんの少しずつ重ねていく。
それを長く続けるほど、自分の人生を、自分の手で作っていけるようになる。
WellGrowは、まさに、この練習を毎日少しずつ続けるための場である。
AIとの対話を通じて、自分の意思に気づき、未来をイメージし、小さな一歩を見つけていく。
この日々の積み重ねが、創造的に生きる力を、確実に育てていく。
主体的に意思をもって、創造的に生きる。
これが、WellGrowが提案する、よく生きるための道である。
そして、その道は、いまここから、あなたの中の小さな意思に気づくところから、始まっていく。