第 3 章 ― 意識の構造を、知る
3-5
集中するということ ― 意識を、どこに当てるか
ここまで、入力・処理・出力という構造を見て(3-2)、脳は予測マシンだと見て(3-3)、成長とは認知の範囲が広がることだと見てきた(3-4)。
ここからは、もう少し具体的な話に降りていきたい。
意識のスポットライトを、実際にどう動かすのか。
そのために、まず「集中する」というテーマから始めたい。
意識は、注意のスポットライト
少し前の節で(3-2)、意識を劇場のスポットライトにたとえた。
舞台の上には無数のものがあるが、スポットライトが当たった部分だけが意識される、と。
これは、もう少し日常の場面に引きつけて言うと、こうなる。
いま、あなたの視界には、数百のものが映っているはずである。
机の上のもの、壁の色、窓の外の景色、画面の文字、自分の手。
だが、これら全部を、同じように意識しているわけではない。
意識が向いているのは、ほんの一部だけである。
文字を読んでいるなら、文字に意識が向いている。
窓の外の鳥に気を取られたなら、その瞬間、文字への意識は消えている。
数百のうち、ひとつかふたつ。
それだけが、いまの自分にとっての「世界」になっている。
つまり、何に注意を向けるかで、認識される世界はまったく変わる。
意識とは、注意のスポットライトのことなのである。
意識は、いろいろなものに、当てることができる
ここで、ひとつ大事な事実を確認しておきたい。
このスポットライトは、人間が自分で動かすことができる。
そして、当てられる対象は、ひとつではない。
私たちは、意識を、いろいろなものに向けることができる。
五感に、意識を向けることができる
いま見えているもの、聞こえている音、触れている感触、感じている匂い、口の中の味。
ふだんは無意識に流れている五感の情報に、意識を向けることができる。
試しに、いま、自分の足の裏に意識を向けてみてほしい。
床の感触が、立ち上がってくるはずである。
あるいは、いま聞こえている音に、意識を向けてみる。
ふだん気づかなかった、エアコンの音、外の車の音、自分の呼吸の音が、聞こえてくる。
五感の情報は、絶えず脳に届いている。
だが、意識を向けない限り、ほとんどは無意識のうちに処理されて、消えていく。
ここで気づくのは、自分の意識が、いかに多くのことを、無意識のうちに勝手に処理しているか、ということである。
ふだん「見ている」と思っているものの大半は、実は意識を通っていない。
ふだん「聞いている」と思っている音の大半も、意識には上がっていない。
自分の思考に、意識を向けることができる
意識を向けるのは、五感だけではない。
頭の中で流れている思考そのものに、意識を向けることもできる。
「いま、自分は何を考えているのか」
「どんなことばが、頭の中を流れているのか」
「なぜ、いまこのことを考えているのか」
思考は、ふだん流れっぱなしになっている。
だが、その思考自体に意識を向ければ、自分の頭の中で起きていることが、ひとつずつ見えてくる。
自分の感情に、意識を向けることができる
そして、自分の感情にも、意識を向けることができる。
「いま、自分は何を感じているのか」
「どこに、その感情はあるのか」
「いつから、その感情があるのか」
感情も、ふだんは流れっぱなしになっている。
だが、意識を向ければ、自分の中で動いているものが、はっきりと見えてくる。
このように、意識は、五感にも、思考にも、感情にも、向けることができる。
これが、人間が自分の意識を扱えるということの、具体的な中身である。
集中すると、解像度が上がる
ここで、もうひとつ大事なことに触れたい。
何かに意識を集中させると、解像度が上がる。
これまで見えなかったもの、感じられなかったものが、見えるようになり、感じられるようになる。
見るものに、ちゃんと集中して見る
ふだん見ている景色に、改めて集中して目を向けると、これまで見えていなかった細かいことに気がつく。
木の葉の形、人の表情の微妙な変化、空の色のグラデーション。
そこにあったのに、見ていなかったものが、見えてくる。
食べるとき、味に集中する
ふだんスマホを見ながら食べているご飯と、味だけに集中して食べるご飯は、まったく別のものになる。
食材の甘み、調味料の風味、噛むほどに変わっていく食感。
同じご飯なのに、深く感じられるようになる。
思考に集中する
自分の思考に集中すると、自分がどんな順番で、どんなことばで、何を考えているかが見えてくる。
これまで無自覚に流れていた思考の癖が、はっきりと意識に上がってくる。
集中することで、解像度が上がり、精度が上がる。
そして、解像度と精度が上がると、世界の見え方そのものが変わっていく。
これは、五感でも、思考でも、感情でも、同じである。
意識を、どこに、どれくらい集中させるかが、人生の質を大きく左右している。
どこに集中するかで、人生が変わっていく
少し抽象的だった話を、もう一度、具体に戻したい。
私たちは、日々、無数の場面で、意識を向ける対象を選んでいる。
あるいは、選ばないまま、なんとなく流している。
ご飯を食べるときは、味に集中する。
誰かと話すときは、相手のことばと表情に集中する。
歩いているときは、景色や体の感覚に集中する。
仕事をするときは、目の前の作業に集中する。
内省するときは、自分の思考と感情に集中する。
そんなふうに、その瞬間に大事なものに、意識を集中させていけたら、人生はずいぶん豊かになる。
ところが現代の環境では、これがとても難しい。
ご飯を食べながらスマホを見て、人と話しながら通知を確認して、歩きながら考え事をして、何をしているのか分からないまま一日が終わっていく。
意識が、常に分散している。
そして、分散している限り、解像度も精度も上がらない。
集中力は、才能ではなく、練習で育つ
ここで、ひとつ強調しておきたいことがある。
集中力は、生まれつきの才能ではない。
「自分は集中力がないから」と言う人は多い。
だが、集中力は、性格ではなく、訓練で身につく技術である。
何に意識を向けるか。
そこに、どれだけ集中できるか。
これを意識的に選ぶ練習を積めば、集中力は確実に育っていく。
逆に、練習しないままだと、集中力は弱いままになる。
現代の環境は、注意を奪う仕掛けで溢れている(1-11)。
その中で、何の練習もなしに集中力が育つことは、まずない。
集中力は、現代において、意識的に育てるしかないスキルなのである。
WellGrowは、毎日数分、自分に意識を集中させる練習の場
WellGrowが、毎日の対話で何を提供しているのか。
その本質のひとつは、ここにある。
毎日数分、自分自身に意識を集中させる時間を、確保すること。
仕事の通知も、SNSのフィードも、ニュースの見出しも、いったん横に置く。
そして、自分の内側にスポットライトを当てる。
「いま、自分は何を感じているか」
「今日、何が引っかかっただろうか」
「自分の中で、いま動いているものは何か」
こうした問いに、意識を集中させる時間を、毎日3分でも取れるかどうか。
これが、長い目で見たとき、人生に大きな差を生む。
集中する対象が、自分自身であるところに、WellGrowの特徴がある。
仕事に集中することは、多くの人がしている。
だが、自分自身に集中することを、毎日続けている人は、ほとんどいない。
ここに、誰も練習していない領域がある。
そして、ここを練習することが、人生の質を、根本から変えていく。
次の節では、意識のスポットライトを動かす道具である「思考と概念」について、見ていく。
集中の質を変えるには、実は、使っていることばと概念を変える必要があるのである。