第 3 章 ― 意識の構造を、知る
3-4
成長するとは、どういうことか
前の節で、脳は予測マシンであり、予測を更新することが「学び」だという話をした。
ここから、もうひとつの問いに進みたい。学びが積み重なっていった先に、何が起きるのか。ことばを変えれば、「成長する」とは、いったいどういうことなのか。
これは、シンプルなようで、実は奥が深い問いである。
「成長」とは、何だろうか
多くの人は、成長と聞くと、こう考える。
知識が増えること。能力が上がること。できなかったことが、できるようになること。
もちろん、これらも成長のひとつである。英語ができるようになる。仕事のスキルが上がる。資格を取る。こうした成長は、目に見えやすく、誇らしい。
だが、本当の成長は、もっと深いところで起きている。
知識や能力が増えても、人としては何も変わっていない人がいる。逆に、知識量はそれほどでもなくても、深く成熟している人がいる。
この違いは、どこから来るのか。
ここに、成長というものの本質がある。
成人発達理論からの示唆
まず、現代の心理学が、この問いにどう答えてきたかを見てみたい。
長らく、こう考えられていた時代があった。人は子どものうちは成長するが、大人になると成長は止まる、と。だから、教育は子どものためにあり、大人は完成された存在として扱われてきた。
この常識を覆したのが、ハーバード大学のロバート・キーガンらの研究である。
人は、大人になっても、生涯にわたって発達し続ける。むしろ、本当に深い発達は、大人になってから起きる。これが、成人発達理論の出発点である。
そして、この理論は、成長を2つの軸で捉える。
ひとつは、水平的成長である。知識やスキルが増える、量的な成長。昨日できなかったことが、今日できるようになる。
もうひとつは、垂直的成長である。人としての器が広がる、質的な成長。ものの見方そのものが、深まっていく。
水平的成長は、わかりやすい。資格を取る。専門スキルを身につける。経験を積む。これらは、誰の目にも明らかな成長である。
だが、本当に大事なのは、垂直的成長のほうである。ものの見方が深まると、同じ景色が違って見える。同じ人と話しても、これまで聞き取れなかった声が、聞こえてくるようになる。
これは、知識を増やしただけでは、決して起きない変化である。
インテグラル理論からの示唆
もうひとつ、参考になる理論がある。ケン・ウィルバーらが体系化した、インテグラル理論である。
この理論は、人間の成長を、もっと立体的に捉える。
成長とは、認知できる範囲が広がっていくことだと、インテグラル理論は言う。範囲とは、空間的な範囲、時間的な範囲、そして対象の数や複雑さの範囲、すべてを含んでいる。
空間的な範囲で見れば、人の関心は、こう広がっていく。
自分一人のことしか考えられない段階から始まる。やがて、家族のことを考えるようになる。さらに、自分の所属する共同体や、組織のことを考えるようになる。もう一段広がると、社会全体や、国のことを考えるようになる。そして最終的には、人類全体や、地球全体のことを、自分のこととして考えるようになる。
これが、関心の領域が広がっていくということである。
時間的な範囲も、同じように広がっていく。
子どものうちは、いまこの瞬間しか見えない。やがて、数日先、数週間先のことを考えるようになる。大人になると、数年単位で人生を設計するようになる。もっと成熟すると、自分の一生を見渡せるようになる。さらに進むと、世代を超えた長い時間軸で、ものごとを考えられるようになる。
時間軸が伸びると、いまの判断の質が、根本から変わる。
そして、扱える複雑さも、同じように広がっていく。
単純な「○か×か」の構造しか扱えない段階から、複雑なグラデーションを扱える段階へ。矛盾するものを「どちらも正しい」と保持できる段階へ。さらに、矛盾そのものを、より大きな視点から統合できる段階へ。
これが、ものを扱える複雑さが広がるということである。
真・善・美からの示唆
ここで、もっと古くから語られてきた、もうひとつの視点を加えたい。
古今東西の思想は、人間が向かうべき価値として「真・善・美」を語ってきた。
真。何が本当か。世界を、ありのままに見ようとすること。善。何が良いか。他者や世界と、どう関わるか。美。何が美しいか。世界を、どう感じ味わうか。
これは、第2章でも形を変えて扱ってきたテーマである。
真理を見るとは、何だったか(2-5)。使命感や他者貢献は、何だったか(2-10)。人生は素晴らしい、世界は美しい、というのは、何だったか(2-11)。
これらは、すべて真・善・美の話である。
そして、成長とは、この真・善・美への理解が、少しずつ深まっていくことでもある。
真をより深く見られるようになる。善をより深く扱えるようになる。美をより深く感じられるようになる。
これが、人として深まっていくということの中身である。
WellGrowは、成長を、こう定義する
これらの示唆を踏まえて、WellGrowは、成長をこう定義したい。
成長とは、より広い範囲で、より長い時間軸で、より多くのものを認知し、取り扱えるようになり、真・善・美への理解が、より深まっていくこと。
少し長い定義になったが、ここには、これまで見てきたすべての要素が含まれている。
水平的な成長(範囲の拡大)も。垂直的な成長(器の深まり)も。真・善・美という古典的な価値も。
これらが統合された姿として、成長を捉えている。
気づき、わかり、学ぶ ― 成長のプロセス
ここで、成長が、実際にはどんなプロセスで進んでいくのかを、もう少し丁寧に見てみたい。
成長は、ある日突然、ジャンプして起きるものではない。気づき、わかり、学ぶ、という3つの段階を、ゆっくりと往復しながら進んでいく。
ひとつずつ、見ていきたい。
気づき ― 認知の範囲外から、点が集まってくる
成長は、まず、これまで認知の範囲の外にあったものに、ふと目が留まることから始まる。
街を歩いていて、目に入った景色。誰かが何気なく話していた、一言。本のページの中で、なぜか印象に残ったフレーズ。仕事の中で、ふと感じた違和感。
これらは、それ単体では、まだ意味を持たない。線にもなっていない、ばらばらの点である。だが、なぜか「これは、大事な気がする」と感じる。
この、まだ理由は分からないけれど、何かが引っかかる感覚 ― これが、気づきである。
気づきは、ひとつだけでは意味を成さない。似たような気づきが、いくつも、ばらばらに集まってくる。それでも、まだ、線にはならない。
しかし、認知の外にあったものが、自分の意識の手前に上がってくる ― この最初の一歩が、すべての成長の出発点になる。
わかる ― 点と点が、線で繋がる瞬間
ばらばらに集まってきた気づきが、あるとき、ふと、ほかの情報と結びつく。
「あ、これと、あれは、同じことだったのか」「これがこうだから、あれがああなっているのか」
これまで自分の外側にあったものが、自分の内側に持っている何かと紐づいて、因果関係が見えてくる。点と点が、線で繋がる瞬間である。
これが、わかる、ということである。
わかるは、努力で起こすものというよりも、点が十分に集まった結果として、自然に立ち上がってくるものに近い。ある日突然、それまで見えなかった関係性が、見えるようになる。
そして、一度わかると、世界の見え方そのものが、ほんの少し変わる。これまでと同じ景色を見ても、これまでとは違う構造が、そこに読み取れるようになる。
学ぶ ― 新しい世界の見え方を、思考と行動に統合していく
わかっただけでは、まだ成長は完成していない。
その新しい世界の見え方を、自分の日々の思考や行動の中に、取り入れていく必要がある。
新しい視点で、ものを見るようになる。新しい判断基準で、選択をするようになる。新しい振る舞いを、日常の中で試してみるようになる。
こうして、わかったことが、自分の生き方の一部になっていく。そしてその結果、自分が認知し、扱える範囲が、ほんの少し広がっていく。
これが、学ぶ、ということである。
そして、範囲が広がると、また、新しい気づきが入ってくる余地ができる。そこからまた、点が集まり、線で繋がり、自分の中に統合されていく。
気づき → わかる → 学ぶ → さらなる気づきへ。
この循環を、何度も何度も繰り返していく過程こそが、成長というものの正体である。
WellGrowは、この成長のプロセスを支援する
WellGrowが目指しているのは、まさにこのプロセスを、毎日の中で支えることである。
気づきを、たくさん増やす
毎日の対話の中で、ふと感じたこと、引っかかったこと、「これは大事な気がする」と感じたことを、丁寧に拾い、保存していく。
ひとりで生きていると、こうした気づきの多くは、流れて消えていく。だが、WellGrowでは、それらを大事に積み重ねていく。点が、ばらばらでも構わない。たくさん集まることに、意味がある。
AIの力と、内省の力で、繋がりを発見する
集まってきた気づきが、ある日、別の気づきと結びつく瞬間がある。それを、AIとの対話の中で、引き出していく。
AIは、自分一人では繋がらなかった点同士を、ふと提示してくれる相手である。そして、その提示を受けて、自分の内側で改めて考えることで、本当の意味で「わかる」が立ち上がる。
日々の思考や行動に、落としていく
わかったことを、わかったままで終わらせない。
明日の自分は、これをどう活かせるか。この新しい見え方を、どんな場面で試してみるか。WellGrowでの対話は、そこまで踏み込んでいく。
こうして、気づき、わかり、学ぶというサイクルが、毎日少しずつ回っていく。これが、WellGrowが目指している、成長の支援の形である。
そして、このサイクルを長く回していくほど、認知の範囲は広がり、真・善・美への理解は深まっていく。
これが、「Well, Grow」 ― よく、成長するということの中身である。
次の節からは、この「成長」を支える、もっと具体的な仕組みを見ていく。意識のスポットライトを、どこに当てるか ― そこから、話は始まる。