第 2 章 ― よく生きるとは、何か
2-10
使命感と他者貢献
ポジティブ心理学が見出した5つの要素の中で、「意味」と「関係性」は、もうひとつのテーマと深く繋がっている。
それが、「使命感」と「他者貢献」である。
「よく生きる」を考えるうえで、避けては通れないテーマである。
そして、ここまでの章で扱ってきた「幸せ」「成功」「縁起」とも、一本の線でつながっている。
人間が深く満たされる瞬間は、自分のためだけに動いているときではない
自分の人生を振り返ってみると、ひとつのことに気づく。
人間が深く満たされる瞬間は、不思議なことに、自分のためだけに動いているときではない。
おいしいものを食べた瞬間も、幸せである。
欲しかったものを手に入れた瞬間も、嬉しい。
これらは、確かに大事な幸せの一部である(2-6)。
だが、もう一段深いところで満たされる瞬間がある。
誰かに、心から「ありがとう」と言われたとき
自分の働きが、誰かの役に立っているのを実感したとき
自分を超えた、もっと大きな何かに貢献していると感じたとき
後輩や子どもに、何かを伝えられたと感じたとき
自分が、誰かにとって必要な存在だと感じられたとき
これらの瞬間は、自分のためだけに動いている瞬間とは、明らかに違う質の満たされ方をしている。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「自分は、ここに生きていていいんだ」と、根っこのところで感じる。
これは、消費して得られる満足とは、まったく別の種類の充足である。
これは、進化的にも、心理学的にも裏付けがある
「他人のために動くと、満たされる」というのは、道徳的な教えだけの話ではない。
進化的にも、心理学的にも、ちゃんと裏付けがある。
人間は、社会的動物として進化してきた(1-4)。
群れで暮らし、協力し合うことで、生き残ってきた生き物である。
群れの中で、自分のことしか考えない個体は、長期的には不利だった。
助け合える個体ほど、生存と繁殖の確率が高かった。
だから、進化の過程で、人間の脳は「他者貢献に報酬を与える」仕組みを発達させてきた。
誰かを助けたとき、誰かのために動いたとき、脳の中で特定の物質が分泌され、深い充足感が生まれるようになっている。
これは、進化的に組み込まれた、生存戦略の一部である。
近年の脳科学の研究も、これを次々と裏付けている。
ボランティア活動をしている人の幸福度。
他者貢献を意識した行動を続けた人の、長期的な精神的健康。
寄付をしたときに、脳の報酬系が活性化することを示すデータ。
「他人のために動くことが、自分を満たす」というのは、感覚的な話ではなく、人間という生き物の構造そのものである。
他者貢献から得られるもの
他者貢献を続けていると、いくつかの大事な感覚が育っていく。
自分の存在意義の感覚
「自分が、ここにいる意味」を、頭で考えるのではなく、体感として持てるようになる。
誰かの役に立っている実感は、存在意義のいちばん確かな根拠になる。
自分が必要とされている感覚
「誰かに必要とされている」という感覚は、人間にとって、深い安心の源である。
これがあると、人生の中で迷うことがあっても、自分の根が抜けない。
自分を超えた大きなものとつながる感覚
自分のためだけの人生は、どうしても閉じてしまう。
他者貢献は、自分の境界を超えて、自分を大きなものの一部として感じさせてくれる。
これらは、お金で買える種類の感覚ではない。
他者と関わり、誰かのために動く中でしか、育たない感覚である。
使命感とは何か
ここで、「使命感」ということばに踏み込みたい。
使命感とは、シンプルに言えば、こういう感覚である。
「自分は、このために生きている」と感じられること。
これは、神様から授かるような神秘的な感覚ではない。
もっと地に足のついた、生活実感の中で立ち上がる感覚である。
自分の能力が、自分の情熱が、何かの形で社会や他者に接続している。
自分の働きが、誰かにとっての何かになっている。
こうした実感が、使命感のもとである。
使命感を持っている人は、強い。
困難があっても、折れにくい
朝、起きる理由がある
日々のしんどさに、意味を見いだせる
何かを犠牲にしてでも、続けたいものがある
逆に、使命感を見失っている人は、たとえ恵まれた環境にいても、どこか空虚さを抱える。
何のために働いているか、分からなくなる。
何のために生きているか、分からなくなる。
これは、現代を生きる多くの人が、深いところで抱えている感覚でもある。
使命感は、与えられるものではなく、見出すもの
ここで、ひとつ大事なことを言いたい。
使命感は、誰かが与えてくれるものではない。
「あなたの使命は、これです」と教えてくれる人はいない。
本に書いてあるわけでも、占いで分かるものでもない。
使命感は、自分で「見出していく」ものである。
そして、見出すための入口は、いくつかの問いに、毎日少しずつ向き合うことから始まる。
自分は、何に心を動かされるか?
ニュースを見ていて、何に憤りを感じるか。
誰かの話を聞いて、何に深く共感するか。
自分が、つい力を入れて話してしまうことは、何か。
心が動く瞬間には、必ず、自分にとって大事な何かが隠れている。
自分は、誰のために動きたいか?
これは、抽象的な「社会のため」ではなくていい。
むしろ、もっと具体的な人を思い浮かべるほうがいい。
自分の子どもや家族
同じ困難を抱えている人たち
自分が過去にそうだった、若い世代
まだ会ったことのない、未来の誰か
「誰のため」が具体的になるほど、使命感は強く立ち上がる。
自分の強みは、どこで活きるか?
自分が得意なことは、何か(2-9)。
その得意を、誰かの役に立つ形で発揮できる場所は、どこにあるか。
強みが、誰かの役に立つ場所に向いたとき、使命感は最も強く生まれる。
これらの問いは、一度に答えが出るものではない。
何ヶ月、何年とかけて、少しずつ輪郭を持っていくものである。
毎日少しずつ向き合っていれば、ある日、ふと気づく。
「ああ、自分はこのために動いているんだな」と。
WellGrowは、使命を発見していく対話の場
WellGrowは、使命を「教える」場ではない。
そんなものを教えられる人は、どこにもいない。
WellGrowは、使命を「自分で発見していく」対話の場である。
毎日の問いの中で、
今日、何に心が動いたか
今日、誰のために動けたか
自分の強みが、どこで活きたか
こうした問いに、少しずつ向き合っていく。
その積み重ねの中から、自分なりの使命の輪郭が、ゆっくりと立ち上がってくる。
急がなくていい。
明確な「使命」を、いますぐ言語化できなくてもいい。
ただ、問いを持ち続けていれば、人生のどこかで、自分のことばで答えが見えてくる。
縁起主義(2-8)と、深く接続する
使命感と他者貢献というテーマは、前の節で扱った「縁起」の世界観と、深く接続している。
縁起の視点で見れば、自分は、ひとりで生きているのではない。
無数の他者との関係性の網の中で、生きている。
そう捉えると、他者貢献は、特別な道徳的行為ではなくなる。
自分を支えてくれている関係性の網への、自然な応答になる。
自分が今ここにいるのは、無数の他者の働きのおかげである
だから、自分も、関係性の網の中で、何かを返していく
返すことは、義務ではなく、自然な循環の一部である
縁起の網の中で生きていると意識できると、他者貢献は「がんばってするもの」ではなく、「自然と動き出すもの」になる。
「与える側」「受け取る側」という分け方そのものが、薄れていく。
お互いに与え合い、お互いに受け取り合っている、その動きの中に、自分も参加している ― そういう感覚に変わっていく。
過去の偉人たちが、本気で考えて見つけ出した道徳的価値観
ここで、もうひとつ、大事な視点を持ち込みたい。
人類の長い歴史の中で、本気で「よく生きるとは何か」を考えてきた人たちが、繰り返し辿り着いてきた知恵がある。
利他。
使命感。
隣人を大事にすること。
これらは、宗教や時代や文化を超えて、不思議なほど共通して語られてきた価値観である。
「人にしてもらいたいことを、人にせよ」(キリスト教の黄金律)
「己の欲せざるところ、人に施すなかれ」(孔子)
「自分のためにのみ生きる者は、生きるに値しない」(古代ローマの言葉)
これらは、別々の場所、別々の時代、別々の人物が、独立に辿り着いてきたメッセージである。
これほど多くの賢人が、同じ方向を指しているということは、ここに、何か人間の本質に触れる真理があるのである。
これらの知恵は、抽象的な道徳ではない
ここで誤解しないでほしいことがある。
利他や使命感は、「いい人になりましょう」という、空虚な道徳の話ではない。
これは、もっと実用的で、構造的な話である。
縁起の網の中で、自分の幸せと、周りの幸せは、つながっている。
良い行いは、関係性の網を通じて、自分にも返ってくる。
良い思考は、自分自身を満たし、同時に、周りも豊かにする。
つまり、利他や使命感は、自分を犠牲にして他者を優先する話ではない。
自分と他者がつながっている、その構造の中で、最も自然で、最も持続可能な生き方を、人類が長い時間をかけて見出してきた、ということである。
縁起の網(2-8)の視点で見れば、これは構造的に説明できる。
神秘的な教えではなく、世界の動き方そのものに沿った、合理的な生き方である。
過去の偉人たちは、これを、自分の人生をかけた観察と思索の中で、見つけ出してきた。
私たちは、その蓄積を、ありがたく受け取っていい立場にある。
先人の知恵を、対話の中で日々に持ち込む
WellGrowは、こうした先人の知恵を、積極的に取り入れる場として設計している。
古典の哲学者たちのことば
宗教の伝統が伝えてきた教え
賢人たちが残してきた箴言や格言
これらの知恵を、ただの飾りとしてではなく、毎日の対話の中に、自然に持ち込んでいく。
たとえば、
今日のあなたに合った、古典のことばを一つ届ける
そのことばに、いまの自分はどう向き合えるかを、対話の中で考えていく
ことばを、自分の今日の行動に、どう翻訳できるかを、一緒に探していく
こうしたことを、毎日少しずつ重ねていく。
そうすると、過去の知恵が、自分の人生に少しずつ滲み込んでくる。
教科書のことばではなく、自分のことばとして、知恵を持てるようになる。
「自分のためだけに生きる」のは、どこかで行き詰まる。
人間は、そういう構造で出来ていないからである。
縁起の網の中で生きている自分が、自然に、誰かのために動く瞬間を持つ。
自分の強みが、誰かの役に立つ場所で発揮される。
「自分は、このために生きている」と感じられる、ささやかな実感が、毎日の中に少しずつ積み上がっていく。
これが、使命感と他者貢献という観点から見た、「よく生きる」のかたちである。
そして、これは、過去の人類が長い時間をかけて辿り着いた、最も持続可能で、最も深く満たされる生き方でもある。
WellGrowは、その道筋を、毎日3分の対話と、先人の知恵を借りながら、少しずつ歩んでいくための場である。