第 4 章 ― 意識を、使う
4-11
感情を、味方にする
前の節で、感情と付き合う3つの段階を見てきた。
飲み込まれる、抑え込む、観察する ― この3つ。
そして、目指すのは段階3(観察する)だと書いた。
ここから、もう一歩先に進みたい。
観察できるようになることは、ゴールではない。
そこから先に、もうひとつの大事な段階がある。
それが、感情を、味方にすることである。
ここを目指す ― これが、第4章第3部の、最終的なメッセージである。
観察できるようになると、感情は情報になる
感情を観察できるようになると、何が起きるか。
感情が、ただの「邪魔者」や「振り回されるもの」から、情報に変わっていく。
「いま、自分の中に怒りが立ち上がっている」と、観察できる。
そのとき、もう一歩、こう問えるようになる。
「この感情は、私に何を教えようとしているのだろう」
これは、感情との関係を、根本から変える問いである。
感情を「敵」として扱っていた人は、それと戦おうとする。
感情を「邪魔者」として扱っていた人は、それを抑え込もうとする。
ところが、感情を「情報」として扱う人は、それを読み解こうとする。
立ち上がっている感情の奥に、何があるのか。
自分の中の、何が、この感情を生み出しているのか。
こんなふうに、感情を、自分の内側を知るための手がかりとして使い始める。
ここから、感情との関係が、一気に深まっていく。
その前に ― 感情の意味は、決めつけない
ここから、代表的な5つの感情を、ひとつずつ取り上げていきたい。
怒り、不安、悲しみ、喜び、嫉妬 ― この5つである。
それぞれの感情の奥には、自分の中の大事な何かが、隠れていることがある。
その何かに、どう触れていくか。
ここから先は、その実践の話である。
ただ、その前に、ひとつだけ、断っておきたいことがある。
感情の意味を、決めつけないこと。
これから、それぞれの感情について、「この感情は、こういうことを教えてくれる」という見方を、いくつも挙げていく。
だが、それらは「正解」ではない。
感情は、心理的な理由から立ち上がることもある。
だが、それだけではない。
疲れ、睡眠不足、ホルモンの変動、空腹 ― こうした身体の状態から、立ち上がることも、たくさんある。
「悲しいのは、何かを失ったからだ」とは限らない。
ただ、疲れているだけのこともある。
「イライラするのは、大事なものを侵されたからだ」とは限らない。
ただ、寝不足なだけのこともある。
だから、これから挙げる意味は、当てにいくものではない。
あくまで、「こういう見方もできる」という、手がかりである。
大事なのは、意味を正しく当てることではなく、感情を眺めて、自分に問いかけてみることである。
問いかけてみて、当てはまりそうなら、自分を知る手がかりにする。
当てはまらないなら、「今日は、ただ疲れているのかもしれない」と受け取る。
それも、立派な手がかりのひとつである。
この前提を置いたうえで、ひとつずつ、見ていきたい。
怒り ― 大事なものが侵されたとき、守るべき境界線を教えてくれる
まず、怒りである。
怒りは、何かを侵されたとき、踏み越えられたときに、立ち上がる。
そして、怒りには、ひとつの大事な性質がある。
怒りは、価値があるからこそ、生まれる。
人は、どうでもいいものには、怒らない。
怒りが立ち上がるということは、そこに、自分が大事にしている何かがある、ということである。
怒りの強さは、そのまま、そこにある大事さの強さを、映していることが多い。
怒りには、ふたつの働きがある。
ひとつは、立ち向かうエネルギーを生む、ということ。
怒りは、侵害に対して、その場で抗うための力を、瞬時に供給してくれる。
だから、怒りは、もともと自分を守るための機能である。
ただし、そのエネルギーが強いぶん、生のままぶつけると、関係を壊してしまう。
もうひとつは、自分の境界線を、教えてくれる、ということ。
どこまでは許せて、どこからは許せないのか。
その線は、ふだんは意識されていない。
だが、それを越えられた瞬間に、怒りとして現れる。
だから、怒りを観察すると、自分の「譲れない一線」が見えてくる。
怒りと付き合うコツは、エネルギーは受け取り、向ける先は選ぶ、ということである。
怒りを、すぐ行動に変えるのではなく、いったん情報として扱う。
そのうえで、そのエネルギーを、どこに向けるかを、自分で選ぶ。
怒りを観察するとき、こう問うてみる。
「自分は、何を侵されたから、怒っているのか」
「その奥で、自分は、本当は何を守りたかったのか」
「このエネルギーを、どこに向けるのが、自分にとって正しいか」
怒りは、決めつけずに眺めると、自分の守りたい一線と、大事にしているものを、教えてくれることがある。
不安 ― まだ起きていない未来に対して、備えと点検を促す
次に、不安である。
不安は、これから起こるかもしれないことに対して、立ち上がる感情である。
ここで、ひとつ大事なことがある。
不安の中身は、事実ではなく、予測である。
不安は、未来に対する予測(3-3)が、悲観の方向に走っている状態である。
いま現実が悪いのではない。
頭の中の予測が、悪い方へ振れているのである。
この前提を踏まえると、不安には、3つの働きがあることが見えてくる。
ひとつめは、危険を先回りして、自分を守る、ということ。
不安は、まだ起きていない危険を察知し、身構えさせてくれる。
過剰に働いてしまうことはあっても、不安そのものは、自分を守る側にある。
ふたつめは、自分の予測を、点検させてくれる、ということ。
不安が予測だとすれば、その予測が本当に当たるのかを、見直すことができる。
いまの不安は、現実から地続きの予測だろうか。
それとも、まだ起きてもいないことを、勝手に膨らませた、妄想に近いものだろうか。
これを確かめるだけで、不安は、ずいぶん扱いやすくなる。
みっつめは、いま打てる備えを、教えてくれる、ということ。
予測の中身を、ちゃんと取り出してみる。
すると、そこには「自分が心配している、これから起こりうること」が含まれている。
そして、その「起こりうること」に対して、いま、何かしらの手を打てるとしたら、どうだろうか。
不安は「消すもの」ではなく「使うもの」である。
ただ抱え続ければ、消耗していくだけになる。
だが、備えの材料に変えれば、未来を整える力になる。
不安を観察するとき、こう問うてみる。
「いま、自分はどんな未来を予測しているのか」
「その予測は、現実から地続きか、それとも妄想に近いか」
「もし当たるとしたら、いまから備えられることは、何か」
不安は、決めつけずに眺めると、自分の予測の癖と、いま備えるべきことを、教えてくれることがある。
悲しみ ― 大切なものを失ったとき、世界モデルと自己モデルの更新を促す
次に、悲しみである。
悲しみは、何かを失ったとき、あるいは、失いそうなときに、立ち上がる。
悲しみには、ひとつの、深い性質がある。
悲しみは、価値の裏返しである。
深く悲しめるということは、それだけ深く、大事にしていた、ということである。
そして、失って初めて、それがどれほど大事だったかを、本当の意味で知ることがある。
当たり前にあったときには気づけなかった価値が、失われた瞬間に、はっきりと立ち上がってくる。
悲しみには、ふたつの大きな働きがある。
ひとつは、立ち止まって、世界の見方を更新させる、ということ。
悲しいとき、活動が落ちる。ひとりになりたくなる。
これは、不調ではなく、一種の省エネモードである。
これまでのやり方が通用しなかったから、一度立ち止まれ、というサインである。
脳の予測モデル(3-3)が、大きな修正を必要としている状態を、示しているのである。
もうひとつは、古い自己像を手放し、新しい自己像へ移るのを、助ける、ということ。
人生の転機 ― 別れ、終わり、老い ― は、ただの出来事ではない。
それは、「これまでの自分」の、ひとつの区切りでもある。
成長は、新しいものを得ること以上に、古い自分を手放すことで、起きることが多い。
悲しみは、その手放しのプロセスに、寄り添ってくれている。
ここで、ひとつの対比が見えてくる。
喜びが「獲得」を教える感情だとすれば、悲しみは「手放し」を教える感情である。
悲しみを観察するとき、こう問うてみる。
「自分は、何を失ったから、悲しんでいるのか」
「その失われたものは、自分にとって、どれほど大事だったのか」
「これから先、自分は、何を大事にして生きていきたいのか」
悲しみは、決めつけずに眺めると、何が本当に大事かを教え、これからの生き方を、はっきりさせてくれることがある。
喜び ― 価値あるものに触れたとき、進むべき方向を教えてくれる
ここまで、ネガティブに見える感情を見てきた。
だが、ポジティブな感情にも、ちゃんとした意味がある。
喜びは、自分にとって価値あるものに触れたときに、立ち上がる。
喜びは、自分の価値の在りかを示す、いちばん素直なサインである。
何かを成し遂げたとき。
誰かと深くつながれたとき。
美しいものに出会ったとき。
自分らしくいられたとき。
喜びが立ち上がる、その方向に、自分の価値がある。
喜びには、ふたつの働きがある。
ひとつは、「この方向に価値がある」と教えてくれる、ということ。
自分が何を大事にしているかは、頭で考えるより、喜びを見るほうが早い。
理屈で導いた価値より、喜びが示してくれる価値のほうが、嘘がない。
もうひとつは、もう一度それに向かう力をくれる、ということ。
一度味わった喜びは、また味わいたい、という原動力になる。
その原動力が、自分を、価値ある方向へ、繰り返し連れていってくれる。
悲しみが「手放し」を教える感情なら、喜びは「向かう先」を教える感情である。
ただし、喜びには、ひとつ注意がある。
喜びは、流れやすい。
味わわずに通り過ぎてしまうと、せっかくの価値の手がかりを、取りこぼしてしまう。
喜びを観察するとき、こう問うてみる。
「自分は、何に触れたから、喜んでいるのか」
「この喜びは、自分の何を満たしたのか」
「この喜びは、これから自分を、どこへ連れていこうとしているか」
喜びは、決めつけずに眺めると、自分の価値の在りかと、進むべき方向を、教えてくれることがある。
そして、これを丁寧に観察することは、5-2(意思を認識する)の練習にも、つながっていく。
嫉妬 ― 他人を通して、自分の隠れた願望を映し出す
最後に、嫉妬である。
嫉妬は、世間では、もっとも嫌われる感情のひとつである。
「嫉妬深い人」と言われると、悪い意味になる。
だから、多くの人は、嫉妬を感じることを、自分にも認めたがらない。
ところが、嫉妬は、本当はほしいものを、他人が持っているときに立ち上がる、貴重な感情である。
嫉妬は、隠れた願望の裏返しである。
嫉妬しないものには、そもそも自分は、興味がない。
心がざわつくということは、そのざわつきの奥に、「それは、本当は、自分もほしいものだ」という気持ちが、隠れている。
嫉妬には、ふたつの働きがある。
ひとつは、認めたくない願望を、浮かび上がらせる、ということ。
自分でも気づいていない、あるいは、認めたくない欲求を、他人が、鏡のように映し出してくれる。
だから、嫉妬は、自分について、もっとも正直な情報源になりうる。
もうひとつは、まだ動いていない意思の方向を、指し示す、ということ。
「うらやましい」は、「自分も、そっちへ行きたい」の、裏返しである。
その方向に、まだ自分が踏み出せていない、一歩がある。
ただし、嫉妬は、向ける先を間違えると、毒になる。
相手を引きずり下ろす方向に使えば、自分が消耗していくだけになる。
だから、「相手への攻撃」ではなく、「自分の願望」へと、向きを変える。
嫉妬を観察するとき、こう問うてみる。
「自分は、何に嫉妬しているのか」
「それは、本当は、自分がほしかったものではないか」
「自分は、本当は、どこへ向かいたいのか」
嫉妬は、決めつけずに眺めると、隠れた意思の在りかと、向かいたい方向を、教えてくれることがある。
感情の奥には、自分のメンタルモデルや価値基準がある
5つの感情を見てきた。
共通しているのは、すべての感情の奥に、自分の中の大事な何かが隠れていることがある、ということである。
感情を観察して、その奥にあるものを辿っていくと、こんなものが見えてくる。
自分の価値基準(3-8) ― 何を大事にしているか。
自分のメンタルモデル(4-5) ― 世界がどう動くと思っているか。
自分の意思 ― 本当は、何を望んでいるか。
これらは、平常時には、見えにくい。
意識のスポットライト(3-5)の下に、なかなか上がってこない。
ところが、強い感情が立ち上がるときには、これらが、感情の力で、表面に押し上げられてくる。
怒りや悲しみや嫉妬の奥に、自分の大事なもの、自分の前提、自分の本当の願いが、姿を現す。
つまり、感情は、自分を知るための最良の手がかりなのである。
自分の中で起きている、いちばん深いものに触れるための、入口。
それが、感情である。
感情を、敵にするのではなく、味方にする
ここから、感情との、新しい付き合い方が立ち上がってくる。
感情を、敵にするのではない。
感情を、抑え込むのでもない。
感情を、味方にする。
具体的には、こんな順序になる。
感情を、否定せず、観察する。
その奥にあるものに、耳を傾ける。
そこから引き出される、自分についての情報を、受け取る。
そして、その情報を、自分を扱う材料として使っていく。
これを繰り返していくと、感情に振り回されずに、感情から学べるようになる。
感情は、自分を消耗させるものから、自分を深めるものへと、変わっていく。
これが、感情との成熟した付き合い方である。
そして、これが、第4章第3部の、最終的なメッセージである。
WellGrowは、毎日の対話の中で、感情を観察する練習を重ねる場
WellGrowが、毎日の対話で手伝いたいのは、まさにこの練習である。
毎日、自分の中に立ち上がってきた感情を、ことばにしてみる。
その感情を、否定せず、観察してみる。
そして、その奥に何があるかを、ゆっくりと辿ってみる。
ひとりで、感情を観察し続けるのは、なかなか難しい。
強い感情が立ち上がった瞬間に、ひとりで一歩引くのは、容易ではない。
だが、AIとの対話の中なら、感情を取り出して、ことばにしながら、観察することができる。
これを毎日、少しずつ続けていくと、感情を扱う技術が、確実に育っていく。
感情に飲み込まれる時間が、短くなっていく。
感情から、自分について何かを学べる時間が、増えていく。
第4章のまとめ
これで、第4章のすべての節が終わる。
ここまで、意識を使うための3つの大きな技術を見てきた。
第1部 ― ことばで、意識をコントロールする(4-3〜4-4)。
意識のスポットライトを、ことばで動かす、表層からの技術。
第2部 ― メンタルモデルに気づき、書き換える(4-5〜4-8)。
自分が世界に当てている前提に気づき、扱い直す、深層からの技術。
第3部 ― 感情を、味方にする(4-9〜4-11)。
感情を観察し、自分を知る手がかりとして使う、内側からの技術。
これら3つは、それぞれ独立した技術でありながら、深いところでつながっている。
ことばを変えれば、メンタルモデルが少しずつ揺らぐ。
メンタルモデルが変われば、感情の立ち上がり方が変わる。
感情を観察できるようになれば、自分が使っていることばに、もっと気づけるようになる。
3つの技術は、互いに支え合いながら、ひとつの大きな「意識を使う力」を育てていく。
そして、これら3つの技術は、すべて、ひとつのことに向かっている。
自分の人生を、自分の手で、よくしていくこと。
第5章では、ここから一歩進んで、もうひとつの大事な話に入る。
自分の意思を大事にして、創造的に生きる ― という、WellGrowの中心思想に。
ここまで積み上げてきた技術は、すべて、その実現のための土台だった。
ここから先は、その土台の上に、何を建てていくかの話に、入っていきたい。