第 4 章 ― 意識を、使う
4-10
感情と付き合う、3つの段階
前の節で、感情を否定するのではなく、観察することが大事だと書いた。
ただ、観察と言われても、それがどういうことか、すぐにイメージできる人は少ないかもしれない。そして、観察できるようになるまでには、いくつかの段階を通っていく必要がある。
感情との付き合い方には、3つの段階がある。ここから、それをひとつずつ見ていきたい。
自分がいま、どの段階にいるかを、確かめながら読んでみてほしい。
段階1: 飲み込まれる
1つめの段階は、感情に飲み込まれる、という状態である。
これは、感情と自分が、完全に一体化している状態である。怒っているとき、「私は怒っている」ではなく、「私=怒り」になっている。不安に襲われたとき、「私は不安を感じている」ではなく、「私=不安」になっている。そこには、感情とは別の自分が、いない。自分自身が、感情そのものになってしまっている。
この段階にいると、何が起きるか。振り回される。そして、自分でも止められない。
怒りに飲み込まれた人は、後で振り返って「なんで、あんなことを言ってしまったんだろう」と悔やむことになる。不安に飲み込まれた人は、本来する必要のなかった選択をしてしまう。喜びに飲み込まれた人ですら、冷静なら避けたはずの判断ミスをすることがある。
これは、感情の問題ではない。感情との距離の問題である。
飲み込まれている瞬間、自分と感情のあいだに、距離がゼロになっている。だから、感情の力が、そのまま行動の力になってしまう。ブレーキも、選択肢も、もう存在しない。
ほとんどの人は、強い感情が立ち上がったとき、まずこの段階に入る。それ自体は、人間として、ごく自然なことである。だが、ここに留まり続けると、後悔ばかりの人生になってしまう。
段階2: 抑え込む
2つめの段階は、感情を抑え込む、という状態である。
飲み込まれることの問題に気づいた人は、次に、こんなふうに考える。「感情に振り回されないように、感情を抑え込まないといけない」「感情を表に出してはいけない」「冷静でいるためには、感情を消さないといけない」
そして、感情を、悪いものとして、押し殺すようになる。
表面的には、これは、うまくいっているように見える。平静を保てる。冷静な判断ができているように見える。周りからは「しっかりした人」と評価される。
だが、内側では、別のことが起きている。抑え込まれた感情は、消えていない。ただ、表面から見えなくなっただけで、内側に、確実に蓄積していく。
そして、蓄積しきったとき、それは、いずれ別の形で噴き出してくる。
ある人は、ある日突然、爆発する。何でもない場面で、抑え込んでいた何年分もの感情が、一気に溢れ出す。本人も、周りも、なぜそうなったかわからない。
別の人は、心身を、ゆっくり損なっていく。原因不明の体の不調、慢性的な疲労、うつ症状。医者にかかっても、はっきりした原因が見つからない。だが、本当の原因は、抑え込まれ続けた感情だったりする。
抑え込むという段階は、飲み込まれることよりはマシに見える。が、長く続けるには、コストが高すぎる。そして、結局のところ、感情を扱えていない、という意味では、段階1と同じである。
段階3: 観察する
3つめの段階が、感情を観察する、という状態である。
この段階に入ると、感情との関係が、根本から変わってくる。
観察するとは、感情を「自分の中に起きている現象」として眺めることである。怒りが立ち上がったとき、「いま、自分の中に、怒りが立ち上がっている」と気づける。不安が押し寄せたとき、「いま、自分の中で、不安が動いている」と気づける。
感情と、自分のあいだに、ほんの少しの距離が生まれる。その距離が、ブレーキになり、選択肢を生み出す。
ここで大事なのは、観察は、感情を否定することではない、ということ。
「怒ってはいけない」と否定しているわけではない。「不安を消さなくては」と抑え込んでいるわけでもない。ただ、立ち上がっている感情を、立ち上がっているものとして、認める。そして、それを、少し距離を持って、眺める。
否定せず、しかし飲み込まれもしない。押し殺さず、しかし振り回されもしない。ここに、観察というあり方の、本質がある。
これは、感情を抑えるのとも、感情を表に出すのとも、別の道である。言ってみれば、感情と自分のあいだに、もうひとつの自分を立ち上げる道である。そのもうひとつの自分が、感情を眺め、感情からの情報を受け取り、必要なら表現を選ぶ。ここに、感情との成熟した付き合い方が始まる。
目指すのは、段階3
3つの段階を見てきた。ここで、はっきり書いておきたい。
目指すのは、段階3である。
段階1(飲み込まれる)も、段階2(抑え込む)も、結局のところ、感情を扱えていない。扱えていないから、後悔か、蓄積か、どちらかにたどり着く。
段階3(観察する)だけが、感情を、ちゃんと扱える状態である。そして、段階3にいるとき、感情ははじめて、自分の味方になり始める。
ここで、もうひとつ大事なことを書いておきたい。段階3は、一度たどり着いたら、ずっとそこにいられる、というものではない。
強い感情が立ち上がるたびに、私たちはまず段階1(飲み込まれる)に戻されそうになる。そこから、段階2(抑え込む)に逃げ込みたくなる。段階3に持っていくには、毎回、意識的な努力が必要になる。
熟達してくると、段階1から段階3への移動が、速くなる。飲み込まれた瞬間に、すぐ気づいて、観察に戻れるようになる。時間が、5分から30秒に、30秒から3秒に、少しずつ短くなっていく。完璧にゼロにはならないが、確実に、扱える時間が伸びていく。
これが、感情を扱う技術の、長い育ち方である。
観察できるようになると、感情との関係が大きく変わる
段階3に入れるようになると、感情との関係が、根本から変わってくる。
まず、感情に支配されなくなる。強い感情が立ち上がっても、それに引きずられて、後悔の行動を取ることが減る。感情に従うか、別の選択をするか、自分で選べるようになる。
そして、感情を、無理に押し殺さなくてよくなる。ネガティブな感情も「立ち上がっているものは、立ち上がっている」と認められる。内側に蓄積させずに、ちゃんと扱える。
さらに、感情を、ひとつの情報として受け取れるようになる。「いま、不安が立ち上がっているということは、自分は、何か大事なものを失う可能性を感じているのかもしれない」「いま、怒りが立ち上がっているということは、自分が大事にしている何かが、侵されているのかもしれない」こんなふうに、感情から、自分についての情報を引き出せるようになる。
感情が、敵から、情報源へと変わっていく。これが、観察というあり方の、ほんとうの果実である。
次は、感情を、味方にする段階へ
ここまで、感情と付き合う3つの段階を見てきた。
段階3(観察する)に入れるようになると、次の景色が見えてくる。感情を、ただ眺めるだけでなく、味方にできるようになっていく。感情の奥に、自分のメンタルモデル(4-5)や、価値基準(3-8)が、はっきりと見えてくる。そして、その情報を、自分を扱う材料として、活用できるようになる。
その話を、次の節で扱いたい。感情を、味方にする ― これが、第4章第3部の、最終的なメッセージである。