第 4 章 ― 意識を、使う
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感情の正体 ― 自分の中からのメッセージ
第4章では、ここまで、意識を扱う技術を、二つの大きな柱で見てきた。
第1部では、ことばで意識をコントロールする技術。
問いを立て、いい概念を使う ― 表層からのアプローチ。
第2部では、メンタルモデルに気づき、書き換える技術。
推論のはしごを降り、認知の歪みに気づき、書き換えていく ― 深層からのアプローチ。
ここから、第3部に入っていきたい。
扱うのは、感情である。
意識を扱う技術を実践しようとすると、必ず立ち上がってくるものがある。
それが、感情である。
ことばを変えようとしても、強い感情が割り込んできて、いつものことばに戻ってしまう。
メンタルモデルを書き換えようとしても、感情の波が押し寄せて、書き換えどころではなくなる。
こんな経験を、誰もが持っているはずである。
感情は、意識を扱う技術にとっての、最大の壁にも、最強の味方にもなる。
どちらになるかは、感情との付き合い方しだいである。
ここから、感情との付き合い方を、ひとつずつ見ていきたい。
そのために、まずは、感情そのものの正体から、押さえておきたい。
感情は、邪魔者ではない
最初に、ひとつ大事な前提を置いておきたい。
多くの人は、感情を、邪魔者として扱う癖を持っている。
「冷静になりたいのに、感情が邪魔をする」
「論理的に判断したいのに、感情が割り込んでくる」
「感情に振り回されて、いつも後悔する」
そして、感情をなんとかして抑えよう、消そう、コントロールしようとする。
ところが、この向き合い方が、感情との付き合いを、いちばんしんどくさせている。
感情は、抑えようとするほど、強くなる。
消そうとするほど、別の形で噴き出してくる。
コントロールしようとするほど、コントロールできなくなる。
なぜか。
それは、感情が、邪魔者ではなく、自分の中からの大事なメッセージだからである。
メッセージを邪魔者扱いすると、メッセージはもっと大きな声で叫ぼうとする。
それを聞いてもらえるまで、メッセージは消えない。
ここで、感情への向き合い方を、根本から変えてみたい。
邪魔者ではなく、自分の中からの声として、感情を受け取ってみる。
ここから、感情との関係が、大きく変わり始める。
感情の正体は、判断のショートカット
そもそも、感情とは何なのか。
科学的な視点から、その正体を整理しておきたい。
感情は、過去の記憶(3-7)と価値基準(3-8)から、瞬時に立ち上がる判断のショートカットである。
人間は、毎日、無数の出来事に出会っている。
それを、いちいち論理的に処理していたら、間に合わない。
たとえば、目の前の人が、危険な人かどうか。
過去のあらゆる情報を整理して、論理的に検討して、結論を出すまでに、何時間もかかってしまう。
それでは、生き延びられない。
だから、人間の脳には、瞬時に「快/不快」「安全/危険」「好き/嫌い」を判定する仕組みが備わっている。
この仕組みが、感情である。
感情は、過去の膨大な記憶を、一瞬で参照する。
そして、いまの出来事と照らし合わせて、瞬時に判定を下す。
「これは、過去の似た場面と照らして、こう感じるべきだ」と。
その判定が、感覚として立ち上がってくる。
それを、私たちは、不安、怒り、喜び、悲しみといったことばで呼んでいる。
つまり、感情は、自分の中で、合理的に動いている。
ただ、その合理性が、意識のスポットライト(3-5)の下に来ないだけ。
潜在意識(3-9)のレベルで、瞬時に処理された結果が、感情として表面化してくる。
ここを理解すると、感情への見方が、変わってくる。
感情は、根拠のない混乱ではない。
過去の膨大な経験に基づく、自分なりの判断結果なのである。
感情は、自分の中からのメッセージ
感情を、判断のショートカットとして見ると、ひとつのことが見えてくる。
感情は、自分の中から、何かを伝えようとしている。
不安を感じるとき、それは「何かが、危険かもしれない」と、自分の中の何かが、伝えようとしている。
怒りを感じるとき、それは「何か大事なものが、侵されている」と、自分の中の何かが、伝えようとしている。
違和感を感じるとき、それは「何かが、自分の価値とずれている」と、自分の中の何かが、伝えようとしている。
喜びを感じるとき、それは「これは、自分にとって大事なものだ」と、自分の中の何かが、伝えようとしている。
感情は、すべて、自分の中からのメッセージなのである。
そのメッセージが、正しいかどうかは、別の話である。
過去の記憶に偏りがあれば、メッセージも偏ったものになる。
価値基準が古ければ、メッセージも古いものになる。
ときには、過剰なメッセージとして、立ち上がってくることもある。
それでも、感情は、自分の中で、必ず何かを伝えようとしている。
正確かどうかは別として、感情は、いつも、自分について何かを教えてくれている。
これが、感情というものの、本当の役割である。
感情は、悪いものでも、抑えるべきものでもない
ここから、感情への向き合い方の、もっとも大事な転換が始まる。
感情は、悪いものでも、抑えるべきものでもない。
否定する必要も、ない。
「ネガティブな感情は、よくないものだ」「いつでもポジティブでいるべきだ」 ― そんなメッセージが、世の中には溢れている。
だが、これは、感情の本質を見落としている見方である。
ネガティブな感情にも、ちゃんとした役割がある。
不安は、自分を守ろうとしている。
怒りは、大事なものを守ろうとしている。
悲しみは、失ったものの意味を、教えようとしている。
これらを「悪いもの」として、抑え込んだり、消そうとしたりすると、何が起きるか。
感情は、消えてくれない。
ただ、表面から、見えなくなるだけである。
そして、内側で、静かに蓄積していく。
蓄積した感情は、いずれ、別の場所で、別の形で噴き出してくる。
何でもないところで、急に涙が出る。
小さなことに、過剰に怒ってしまう。
理由のない倦怠感が、続く。
これらは、抑え込まれた感情の、別の表れである。
感情は、抑え込もうとすると、必ず代償を求めてくる。
だから、感情を否定しても、抑え込んでも、いい結果にはならない。
別の向き合い方が、必要になる。
大切なのは、否定するのではなく、観察すること
ここから、感情との、新しい付き合い方が始まる。
それは、感情を、否定するのではなく、観察することである。
否定するのとも違う。
抑え込むのとも違う。
飲み込まれるのとも、違う。
ただ、観察する。
「いま、自分の中に、こういう感情が立ち上がっている」
「この感情は、何を伝えようとしているのだろう」
こんなふうに、感情を、ひとつの現象として、眺めてみる。
観察することは、感情を否定することではない。
むしろ、感情の存在を、ちゃんと認めることである。
そして、その感情と、距離を持って向き合うことである。
ここに、感情との付き合い方の、もっとも本質的な転換がある。
そして、この観察ができるようになると、感情は、邪魔者から、自分を知るための情報源へと、変わっていく。
ただ、観察と言っても、最初はうまくいかない。
強い感情が立ち上がった瞬間は、観察する余裕などない。
気づいたときには、感情に飲み込まれているか、抑え込んでしまっている。
なぜ、そうなるのか。
そして、どうすれば、観察できるようになるのか。
その話は、次の節で扱いたい。
感情との付き合い方には、段階がある。
飲み込まれる、抑え込む、観察する ― この3つの段階を、ひとつずつ見ていきたい。