第 4 章 ― 意識を、使う
4-8
いいメンタルモデルは、存在するのか
ここまで、メンタルモデルとは何か(4-5)、それがどう作られるか(4-6)、よくある歪みのパターン(4-7)を見てきた。
ここで、第4章第2部の最後に、ひとつ大事な問いを立てたい。
「いいメンタルモデル」は、存在するのか。
シンプルな問いだが、ここに対する答え方が、その人の生き方の構えそのものを決めていく、重要な問いである。
現代では、こう考える人が多い
現代の感覚では、こう答えたくなる人が多いはずである。
人の性格や内面には、いい悪いはない。
それぞれが、その人らしさとして、認められるべきである。
あるのは、違いだけである。
多様性を、大事にすべきである。
この考え方は、ある側面では、間違いなく正しい。
人類は、長い時間をかけて、多様性を抑圧しないことの大切さを、学んできた。
特定の生き方だけを「正しい」とする社会が、どれだけ多くの人を苦しめてきたかも、見てきた。
だから、「人それぞれの違いを認める」ということは、現代の社会が大事にしてきた、貴重な価値である。
WellGrowも、この価値を、ちゃんと受け取っている。
各人の存在には、絶対的な価値がある
WellGrowが、はっきりと持っている立場のひとつが、これである。
ひとりひとりの存在には、絶対的な価値がある。
これは、優劣をつけるようなものではない。
人として生きているということ、その存在そのものに、固有の、誰にも侵されない価値がある。
性格が外向的でも内向的でも、価値がある。
明るくても暗くても、価値がある。
うまくいっていても、いっていなくても、価値がある。
これは、WellGrowの思想の、絶対的な前提である。
ここを揺るがすつもりは、まったくない。
だが、それと「メンタルモデルに優劣があるか」は、別の話
ここから、もう一歩、踏み込みたい。
個人の存在の価値は、絶対的に尊重する。
だが、メンタルモデルそのものには、いいものと、そうでないものがある。
これが、WellGrowが、はっきりと取っている立場である。
両者は、矛盾しない。
人の存在を絶対的に尊重することと、その人が抱えているメンタルモデルに優劣があると認めることは、別の話である。
むしろ、人の存在を大事にするからこそ、その人が抱えているメンタルモデルが、その人を苦しめているなら、それは書き換えていける、と伝えたい。
「だが、あなたが抱えているメンタルモデルには、いいものと、そうでないものがある」
「いいメンタルモデルを取り入れていけば、人生はよりよくなっていく」
これが、WellGrowが、ユーザーに対して取りたい立場である。
「いいメンタルモデル」とは、何か
では、「いいメンタルモデル」とは、いったいどんなものか。
ここで、3-4で扱った「成長」の定義を、もう一度思い出してほしい。
WellGrowは、成長を、こう定義していた。
より広い範囲で、より長い時間軸で、より多くのものを認知し、取り扱えるようになり、真・善・美への理解が、より深まっていくこと。
このとき、ひとつのことが見えてくる。
いいメンタルモデルとは、この成長を支えるメンタルモデルのことである。
自分や世界に対する認知の範囲を広げてくれるメンタルモデル。
真・善・美への理解を、深めてくれるメンタルモデル。
自分を縛るのではなく、自分の可能性を開いてくれるメンタルモデル。
これらが、いいメンタルモデルである。
逆に、認知の範囲を狭めるもの、真・善・美への感度を鈍らせるもの、自分の可能性を閉じてしまうもの ― これらは、いいメンタルモデルとは言えない。
具体的には、こんなメンタルモデルが「いい」とされてきた
人類は、長い時間をかけて、「これは、いいメンタルモデルだ」と多くの人が認めてきた捉え方を、たくさん見つけてきた。
一概には言えないが、たとえば、こんなものがある。
感謝する姿勢
当たり前のことを当たり前と思わず、ありがたいと感じる視点。
これがあると、日々の小さなことに価値が見え、人生の充実感が増す。
可能性を見るポジティブな捉え方
出来事から、潜んでいる可能性を見出そうとする視点。
これがあると、行動が動き出し、新しい道が開けていく。
学びの機会として、出来事を受け取る姿勢
失敗や困難を、自分を成長させる材料として受け取る視点。
これがあると、どんな出来事も、自分の糧になっていく。
他者を、立場の違う仲間として見る視点
意見が違う相手を、敵ではなく、別の角度から世界を見ている人として捉える視点。
これがあると、関係が広がり、自分の認知の範囲も広がっていく。
自分の意思を大事にする姿勢
「すべき」や「常識」に押されずに、自分が本当に大事にしたいことを大事にする視点。
これがあると、人生が、自分のものとして取り戻せる。
違いを認める寛容さ
自分と違うものを、否定するのではなく、その価値を見ようとする視点。
これがあると、世界が広く、豊かに見えてくる。
これらは、古今東西の知恵が、繰り返し語ってきたことである。
哲学が、宗教が、心理学が、人類の長い経験が、「これは、いい捉え方だ」と認めてきた捉え方たちである。
これらは、性格や気質では片付けない
ここで、はっきり書いておきたいことがある。
これらのいい捉え方を、性格や気質で片付けないでほしい。
「あの人は、もともと感謝する性格だから」
「自分は、性格的にネガティブだから」
「あの人は、生まれつき寛容だから、自分には真似できない」
このように、性格の問題として片付けてしまうと、それは、変えられないものになってしまう。
そうではなく、これらを、メンタルモデルとして捉える。
メンタルモデルなら、書き換えられる。
書き換えるためには、時間がかかる。
だが、毎日の中で、少しずつ取り入れていけば、確実に、自分のものになっていく。
そして、これらを取り入れていくことが、まさに、成長していくということでもある。
3-4で見た「成長」 ― より広い範囲で、より深く認知できるようになる、真・善・美への理解が深まっていく ― この成長の中身が、いいメンタルモデルを取り入れていくこと、と言ってもいい。
性格は、変わらない。だが、メンタルモデルは、変えられる。
ここに、人が変わっていける、本当の希望がある。
メンタルモデルは、一気には変わらない
ここで、覚えておいてほしいことがある。
メンタルモデルは、一気には変わらない。
古いメンタルモデルは、何年、何十年もかけて、少しずつ作られてきた。
それを、一週間や、一ヶ月で書き換えようとするのは、無理がある。
焦ると、書き換えの試みそのものが、続かなくなる。
書き換えは、毎日、少しずつしか進まない。
今日、リフレーミングをひとつ試してみる。
今日、前提をひとつ、問い直してみる。
今日、新しい体験をひとつ、積んでみる。
その小さな積み重ねが、半年、一年、数年と続いていったとき、ふと気づく。
「そういえば、最近、あの場面で、昔のような反応が出なくなったな」
「いつのまにか、世界が、少し違って見えるようになってきたな」
これが、メンタルモデルが書き換わっていく、本当の感覚である。
焦らず、しかし、確実に。
これが、扱い方のコツである。
メンタルモデルが書き換わると、人生全体が変わる
メンタルモデルを書き換えることの、もっとも大きな意味を書きたい。
メンタルモデルが書き換わると、人生全体が変わっていく。
これは、誇張ではない。
ここまで見てきた通り、メンタルモデルは、見える世界そのものを作っていた。
だから、メンタルモデルが書き換わると、まず、見える世界が変わる。
同じ場所、同じ人、同じ出来事が、別の世界として立ち上がってくる。
これまで脅威に見えていたものが、機会に見えるようになる。
これまで敵に見えていた人が、ただの別の立場の人に見えるようになる。
これまで意味がないと思っていたものに、意味が見えてくる。
そして、見える世界が変わると、立ち上がる感情が変わる。
感情が変わると、選ばれる行動が変わる。
行動が変わると、出会う人や、起きる出来事までもが、変わってくる。
関係性が、根本から、変わっていく。
これが、深いところからの変化である。
表面的な努力や決意で起きる変化とは、まったく違う種類の、構造的な変化。
人生の足元が、ゆっくり、しかし確実に、別のところに動いていく感覚。
「いいメンタルモデル」の研究は、まだ十分には立ち上がっていない
ここで、ひとつ、現代の状況について触れておきたい。
「いいメンタルモデルは存在する」という立場で、それを研究し、体系化している分野は、実は、まだ十分には立ち上がっていない。
現代の心理学の多くは、病気の治療を中心に発展してきた。
うつ病や不安障害を、どう治すか。
認知の歪みを、どう取り除くか。
これらの研究は、たくさんある。
だが、その先 ― 「そもそも、どんなメンタルモデルが理想か」「どんな捉え方を取り入れていくと、人は健康に成長していくのか」 ― という研究は、まだ少ない。
20世紀末に立ち上がったポジティブ心理学(2-7)が、この方向を扱い始めている。
強み、フロー、意味、関係性、達成 ― こうした、よく生きるための要素を、科学的に研究している。
だが、まだ若い分野である。
そして、古今東西の知恵 ― 哲学、宗教、自己啓発、コーチング ― は、それぞれの方向から、いいメンタルモデルについて語ってきた。
しかし、それらを横断的に整理し、現代の認知科学と照らし合わせ、体系として組み立てる試みは、これからの仕事である。
WellGrowは、この領域を、日々研究してプロダクトに反映している
WellGrowが取り組んでいるのは、まさに、この領域である。
過去の人類が、長い時間をかけて見出してきた「いいメンタルモデル」。
ポジティブ心理学が、科学的に検証し始めている「健やかさを支える捉え方」。
哲学が、何千年も問い続けてきた「よく生きる」ための知恵。
これらを、丁寧に整理して、毎日の対話に落とし込んでいく。
個人の存在の価値は、絶対的に尊重する。
そのうえで、その人が抱えているメンタルモデルが、いまよりも自分を支えてくれるものになるように、少しずつ書き換えていく支援をする。
「自分の性格を、否定する」のではない。
「自分が抱えているメンタルモデルを、よりよいものにしていく」のである。
これが、WellGrowが、新しい領域として、日々取り組んでいることである。
第4章第2部のまとめ
ここで、第4章第2部「メンタルモデル」が終わる。
少し振り返っておきたい。
4-5では、メンタルモデルとは何かを見た。
自分が無意識に持っている、世界の捉え方の「型」。
これが、見える世界そのものを作っていた。
4-6では、推論のはしごを見た。
人は、事実から信念まで、6段の階段を駆け上がっている。
そして、その登り方を、ほとんどの人は意識していない。
4-7では、認知の歪みを見た。
人類に共通する、思考のよくあるパターン。
これらに気づけるようになることが、自分を扱う第一歩。
そしてこの4-8では、「いいメンタルモデル」が存在することを、はっきり書いた。
メンタルモデルは、世界を作る型である。
気づけば、点検できる。
点検できれば、書き換えていける。
書き換えていけば、人生は、深いところから変わっていく。
次の第3部へ ― 感情というテーマ
ここまで、ことばを使って意識をコントロールする話(第1部)、メンタルモデルに気づき書き換えていく話(第2部)を見てきた。
その途上で、必ず立ち上がってくるものがある。
それは、感情である。
ことばを変え、メンタルモデルを書き換えようとするとき、強い感情が、それを邪魔することがある。
あるいは、感情が、自分について何かを教えてくれることもある。
その感情と、どう付き合っていけばいいか ― 次の節から、その話に入っていきたい。