第 6 章 ― ただ生きるのではなく、よく生きる
6-3
問いのある豊かな人生
意味は自分で見出していくものだと書いた。
その意味を見出していくために、欠かせないものがある。
それが、問いを持ち続けること、である。
問いを持つ人と、持たない人で、人生の深さはまったく違う
問いを持つ人と、持たない人で、人生の深さは、まったく違う。
問いを持つ人は、目の前の出来事から、何かを引き出していく。同じ出来事に出会っても、そこから学びを取り出し、新しい気づきを立ち上げ、自分の中に何かを残していく。
一方、問いを持たない人は、同じ出来事に出会っても、ただ通り過ぎていく。目の前で何が起きても、自分の中に、何も残らない。
同じ世界に住みながら、見えている景色が、まったく違ってくる。
問いを持つかどうかで、世界の解像度が変わる。日々の濃度が変わる。そして、人生の深さそのものが変わってくる。
問いを持つことで、好奇心が立ち上がる
問いを持つことで、まず立ち上がるのが、好奇心である。
「これはなぜだろう」「どうしてこうなっているのだろう」 ― こうした小さな問いが、頭の中にあるだけで、世界の見え方が変わる。
いままで通り過ぎていたものが、不思議に見えてくる。当たり前だと思っていたものに、新しい発見が立ち上がる。ふだん視界に入っていなかった細部に、目が向くようになる。
子どもが、世界をキラキラした目で見ているのは、問いだらけだからである。「これは何?」「なぜ?」「どうして?」 ― 子どもの世界は、問いに満ちている。だから、すべてが新鮮で、すべてが発見になる。
ところが、大人になるにつれて、その問いが減っていく。経験を重ねるほど、「これはこういうものだ」という答えが、自分の中に増えていく。すると、新しい問いが立ち上がる余地が、少なくなっていく。
だが、ここに、ひとつ大事なことがある。
問いを取り戻すことは、いつからでもできる。
何歳になっても、人は、新しい問いを持ち始めることができる。一度減ってしまった好奇心も、丁寧に問いを立て直していけば、また立ち上がってくる。
問いを持つことで、新しいことに興味が湧く
問いがあると、世界に対する興味が、自然と湧き上がってくる。
「もっと知りたい」「もっと深めたい」という感覚。
これがあると、新しい本を開きたくなる。新しい人と話したくなる。知らない場所に行きたくなる。これまで目を向けてこなかった領域に、足を踏み入れたくなる。
問いが、人生に、新しい入口を開き続けてくれる。
ひとつの問いが立ち上がるたびに、そこから次の問いが生まれる。次の問いを追っていくうちに、また新しい世界が見えてくる。
これを繰り返していくと、人生は、絶えず開かれた状態を保つことができる。「もうこれ以上、新しいものは出てこない」という閉じた感覚から、「まだまだ、知らないことがたくさんある」という開かれた感覚へと、人生の質感が変わっていく。
問いを持ち続けることが、成長を支える
そして、ここで強調しておきたい、もうひとつの大事なこと。
問いを持ち続けることが、成長を支えている。
3-4で扱った「成長」を、思い出してほしい。より広い範囲で、より長い時間軸で、より多くのものを認知し、取り扱えるようになり、真・善・美への理解が、より深まっていくこと。
この成長は、問いがなければ、起きない。
「これでいいのか」「もっと深い理解があるのではないか」「別の見方はないか」「自分は、これを本当に分かっているのか」
こうした問いが、自分を、いま立っている場所から、もう一歩先へと連れて行ってくれる。
問いがなければ、人は、いま立っている場所に止まる。問いがある限り、人は、いつでも次の場所へと進んでいける。
これは、年齢に関係ない。
問いがある限り、人は、何歳になっても、成長を続けていける。
70歳でも、80歳でも、新しい問いを持っている人は、確実に成長している。逆に、20歳でも、30歳でも、問いを持っていない人は、そこに止まったままになる。
問いの有無が、人の成長を、決めていく。
問いがあるから、人生は豊かになる
問いを持っている人を、よく観察してみてほしい。
問いを持っている人は、目の前の世界に、深く触れている。
何気ない日常の中に、発見を見出している。人との会話の中に、学びを見つけている。自分の中に立ち上がる感覚に、丁寧に耳を傾けている。
これが、豊かさの正体である。
物質的な豊かさとは、別の種類の豊かさ。内面の豊かさである。
そして、内面の豊かさは、問いの数と深さに、比例している。
問いが多い人ほど、世界から引き出すものが多い。問いが深い人ほど、世界とのつながりが深い。
これが、WellGrowが見ている、豊かさの形である。
問いを持ち続けるための、ふたつの姿勢
問いを持ち続けるためには、ふたつの姿勢が、大事である。
1つめは、「分かったつもり」になりすぎないこと。
大人になると、人は「分かったつもり」になりがちである。
経験を積むほど、新しい問いを立てる前に、すでにある答えで処理してしまう。「これは、こういうものだ」「もう知っている」「経験的に、こうだから」 ― こうした処理が増えていく。
これが、問いが減っていく原因のひとつである。
だから、自分の中に、こんな余白を、常に持っておきたい。
「自分は、まだこれを本当には分かっていないかもしれない」「自分の知らない側面が、まだあるかもしれない」「いまの自分の理解は、まだ浅いかもしれない」
この余白が、新しい問いを呼び込んでくれる。
「分かったつもり」を、少し疑ってみる。そこから、新しい問いが立ち上がる余地が、生まれる。
2つめは、違和感を、大切にすること。
ふと、何かに違和感を感じる瞬間がある。
人の話を聞いていて、何かが引っかかる。ニュースを見ていて、何かが気になる。日常の風景の中で、何かがおかしいと感じる。
この違和感が、新しい問いの種である。
違和感を「気のせい」と片付けないこと。そうではなく、「これは、何の違和感だろう」と、立ち止まってみる。
その瞬間、新しい問いが立ち上がる。
違和感は、自分の中の問いが、目を覚まそうとしているサインである。それを、無視せずに、丁寧に拾い上げていく。
このふたつの姿勢を持っていれば、問いは、自然と立ち上がってくる。
問いの数だけ、人生の入口がある
ここで、ひとつの見方を、共有しておきたい。
自分の中に問いがひとつ立ち上がるたびに、人生に、新しい入口が開く。
その入口に入っていくと、新しい世界が広がっている。新しい本があり、新しい人がいて、新しい経験がある。
問いの数だけ、人生の入口がある。入口の数だけ、人生は、豊かになっていく。
問いを持ち続ける人の人生が、豊かに感じられるのは、こうした入口が、たくさんあるからである。
問いを持たない人の人生は、入口が少ない。だから、人生が、狭く、閉じたものに感じられる。
問いをひとつ持つだけで、人生に、新しい扉がひとつ開く。ふたつ持てば、ふたつの扉が開く。
問いは、人生を広げるための、いちばん身近な道具である。
「答えを持つこと」より、「問いを持ち続けること」のほうが大事
ここで、ひとつ、はっきり伝えておきたいことがある。
学校では、答えを出すことを教わってきた。試験では、正解を答えることが求められた。仕事でも、答えを出せる人が、評価される。
だが、人生において本当に大事なのは、答えを持つことより、問いを持ち続けること、である。
答えは、いつか古くなる。
ある時点での正解が、別の時点では正解でなくなることが、人生には何度も起きる。
だが、いい問いは、古くならない。むしろ、年齢を重ねるほど、深まっていく。そして、自分を、新しい場所へと連れて行ってくれる。
答えで満足するのではなく、問いを大事に育てていく。
これが、人生を深く、豊かに生きるための、もっとも基本的な姿勢である。
問いのある豊かな人生
最後に、もう一度、書いておきたい。
問いを持ち続ける限り、人は、成長し続けられる。問いを持ち続ける限り、人は、新しいものに出会い続けられる。問いを持ち続ける限り、人生は、退屈になることがない。
これが、WellGrowが提案する、豊かさの形である。
物質的な豊かさは、いつか飽和する。だが、問いの豊かさには、飽和がない。
死ぬまで、新しい問いを持ち続けることができる。そして、新しい問いを持ち続けている限り、人生は、開かれた状態を保ち続けられる。
次の節(6-4)では、こうして問いから生まれる、毎日の小さな選択が、どう積み重なって人生を作っていくかを見ていきたい。